時代をつないで 大阪の日本共産党物語

第53話 ロッキード事件

最大の構造疑獄  

 1976年2月、アメリカの上院外交委員会多国籍企業小委員会の証言で政局を揺るがす重大問題が明るみにでます。
 ロッキード事件。アメリカの産・政・軍が一体となって、各国に巨額のわいろをばらまき、航空機売り込みをはかった国際的疑獄事件の一環でした。日本では、判明したものだけでもロッキード社から36億円の資金が流れこみました。歴代首相をはじめ政財界を覆い、児玉誉士夫や小佐野賢治らの“黒幕”が暗躍し、航空行政から自衛隊の装備計画までゆがめ、動かした、最大級の構造疑獄事件です。
 7月26日、前首相田中角栄が逮捕されます。わいろの符牒、「黒いピーナッツ」は流行語にもなり、これを受け取った政治家、灰色高官氏名の公表を始め真相徹底糾明へ、国民的憤激が高まります。

「ロッキード議員」の異名       

7月の第13回臨時党大会で提起された「ロッキード疑獄の真相究明を要求する1000万人署名」に応じる市民=76年9月4日、難波・髙島屋前

 日本共産党は、アメリカへの調査団の派遣、国会証人喚問の実現、宮本委員長ら「5党党首会談」をつうじてロッキード事件の真相徹底究明、調査特別委員会設置など6項目の「議長裁定」をかちとるなど国会で大きな役割を果たし、7月の第13回臨時党大会で「ロッキード疑獄の真相究明を要求する1000万人署名」を提起します。
 このなかでも大阪選出国会議員団の活躍は、「ロッキード議員」の異名もとるほど光りました。
 76年2月10日、日本共産党国会議員として史上初めて橋本敦参院議員、正森成二衆院議員が訪米します。橋本敦「訪米レポート」が2月19日、28日、3月13日の「大阪民主新報」各号に掲載されます。
――日本関係の資料の公開を強く要求し、開示。児玉はロッキード・トライスラーの日本売込みだけでなく、韓国売り込み、対潜哨戒機P3Cオライオンの防衛庁売り込みにも積極的役割を担っており、そのために25億円という巨額の礼金が約束されている事実が明らかに(第1弾)
――ロサンゼルスのロッキード本社で問題の人、コーチャン氏と会って調査をおこなったあと、飛行機に飛び乗って5時間、ロッキー山脈をこえて再びワシントンに。夜2時3時まで収集、分析に(第2弾)
 正森は2月15日、いち早く帰国し、証人喚問に臨みました。橋本とともに開示させた資料をもとに丸紅と児玉の関係について追及した質問は反響をよびました。質問後、自民党青嵐会田中派の若手が「あなたのが一番冴えていた。それに気品があった」と声をかけました。正森は、日本共産党国会議員団ロッキード問題真相追及チーム事務局長として「ロ疑獄追及のエース」として活躍します。
 橋本は、国会で超党派の訪米団が組まれた時、団長補佐として5月にも渡米。「黒いピーナッツ」を受け取った「高官名」が日本に手渡されていることなどが明るみになりました。

「野党第2党の力」 

 衆院国対副委員長の東中光雄は、こうした日本共産党の活躍は、なによりも72年総選挙で野党第2党に躍進した力だと力説します(「大阪民主新報」5月15日号)。国会が空転した時も、かつてのように料亭での裏取り引きで話をつけることが許されず、共産党のリードで5党党首会談と議長裁定がおこなわれた。そして橋本の訪米調査が大きく国会論戦をリードし、衆参両院の訪米代表団の団長補佐になったこともその実績、実力を象徴するもの、と。(次回は「地方議員第一党」です)

(大阪民主新報、2021年8月1日号より)

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