時代をつないで 大阪の日本共産党物語

第42話 黒田革新府政の誕生

緊迫する共社会談 

 1971年を迎え、日本共産党大阪府委員長の村上弘は年頭あいさつで、大阪の今日の情勢と全国の統一戦線運動にしめる位置、役割をのべ、「大阪がかわれば日本がかわる」、大阪から民主連合政府への転機をきりひらこうとよびかけました。
 その一大焦点となった大阪府知事選挙。共産党、社会党による革新統一が成り立ったのは、告示まで10日余と迫った3月3日のことでした。
 「共産党は一貫して統一を呼びかけてきたが、71年の知事選で統一を求めたのは、むしろ社会党側やった」(菅生厚「明るい大阪革新府政をつくる会」初代事務局長、のちに共産党大阪府委員長)。大阪地評も70年12月25日の常任幹事会で「知事選挙に関する統一実現のための要望書」を採択し、社会党、共産党に手渡します。
 日本共産党大阪府委員会から定免政雄副委員長、菅生厚統一戦線部長、来島釼一自治体部長、社会党府本部から西風勲副委員長、荒木伝書記長、井上成章政策審議会事務局長らをメンバーとする会談は、のべ30回以上に及びます。中心スローガンである「大資本中心、中央直結の自民党府政をやめさせ…」はすぐに一致。しかし「同和」問題では容易に一致せず、会談は年を越えて続きます。
 3月3日、「共社統一なる!」のニュースが府内をかけめぐります。府内最南端、関電多奈二問題で揺れる岬町では日本共産党支部が、十数カ所に「知事選勝利は、公害をなくす道」の壁新聞をはりめぐらせました。

黒田さん、立つ

 支持母体となる「明るい大阪革新府政をつくる会」は、「対等・平等」をつらぬき、事務局長も、機関紙の発行人も、2人(菅生・荒木)。「会は選挙勝利後もひきつづき存続し、民主的な革新府政の実現と推進にあたります」と、選挙中だけでなく、日常の共同闘争組織とすることが明記されました。
 あとは候補者。定免、菅生、西風、荒木の4氏が、大阪市立大学法学部教授で憲法学者だった黒田了一の吹田市の自宅を訪れたのは「会」結成にさきだつ2月27日でした。戦後一貫して平和と民主主義のたたかいに参加し、革新の大義を説き続けてきた黒田にとって、マスコミいわく「勝算ゼロのスタート」のなか、大学教授のイスを捨て、知事選挙に身を投げうったのは、まさに「天の声・地の声・民の声」の心境でした。その心境を「いささかは 住民福祉に寄与すべし 我を励ます 百万の声」と詠みました。

駆け抜けたグリーン旋風       

 告示前夜の3月16日、降りしきる雨のなか、「革新府政をめざす府民大集会」には、扇町プールと第2会場の扇町公園に3万5千人がつめかけました。何度も沸き上がる「ウォー」という歓声。「歴史の時間表を変えるような大きなうねり」(「朝日」71年4月15日付)がおこります。黒田の出馬に、青年たちがあみだしたスローガン「公害知事よ さようなら/憲法知事さん こんにちは」が、民青大阪府委員会の機関紙「大阪青年新聞」にかかげられ、大阪人らしく「公害知事さん」と「敬称」もつけていいかえられ、緑のシンボル・バッチや「おはよう大阪」の歌とともに、大阪中に広がりました。

現職を破り初当選を決めて会見する黒田了一(中央)=71年4月12日、大阪市北区内

 激しいたたかいのなかで迎えた4月11日の投票日。翌12日に始まった開票で、朝9時、開票率3%ながら、泉州で黒田がリード。午前11時半に両者とも100万を超えますが、黒田のリードは200票。息詰まる決戦にピリオドが打たれたのは午後2時過ぎのことでした。

黒田了一 155万8170
左藤義詮 153万3263

大阪中が湧きました。

「破れ声なし」   

 相手候補は「万博知事」の左藤義詮。自民党は負けるはずがないと佐藤栄作首相を投入することもなく、世論調査をするメディアもありませんでした。そのなかで、「朝日」の記者は黒田勝利を見抜き、黒田の手記を4月12日付夕刊に掲載しました。当選祝いで騒然となる「会」事務所にその夕刊が配達され、驚きとともに喜びが加速されました。
 自民党側は、田中角栄幹事長が「東京が負けただけならまだしも大阪も」とテレビで絶句。佐藤首相はこの日の日記に、「万博もあり不安はなく応援にも出かけないので勝つものと思っていた」「大阪は何としても残念… の発展がめにつく」と記しました。その4日後、東京・築地の料亭「吉兆」で毎月定例で開かれた関西財界人が佐藤首相を囲む「吉兆会」では、「大阪側も知事選に敗れ声なし」(『佐藤栄作日記』)というありさまでした。

全国へ、世界へ  

大勢の府民に囲まれて初登庁する黒田了一=71年4月23日、府庁

 黒田勝利はUPI東京特派員によって世界に打電されました。日本共産党の宮本顕治委員長は「大阪で革新府政が誕生したことは、共産党、社会党を軸とする革新統一戦線にとって、統一地方選挙での決定的な勝利と前進を画したものである」とコメントします。(次回は「憲法知事就任」です)

 

(大阪民主新報、2021年5月16日号より)

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