時代をつないで 大阪の日本共産党物語

第30話 「高度成長」のなかで

 1960年12月、岸内閣のあとをついだ池田勇人内閣が「国民所得倍増計画」を決め、「高度成長」政策にのりだします。それは金融、財政、税制をはじめ、国の機構を総動員して大企業中心の「高度成長」をはかろうとする計画でした。

堺・泉北臨海コンビナート      

 その「大阪版」が赤間・左藤両府政による一大事業計画、「堺・泉北臨海コンビナート」の造成でした。
 赤間知事は「世界的大産業都大阪の建設」のため産業基盤を一気に整備し、「これを根底に大臨海工業地帯を造成して重化学工業を思い切って誘致すべき」とのべ、この構想をうけた左藤氏は、「重化学工業を中心とした大工業の建設をすすめ、これで経済の地盤沈下を防ぐ」と掲げて知事に就任します。
 堺・泉北臨海コンビナート造成に対しては大阪の経済界に異論もありました。「大阪経済振興審議会」が53年にだした調査報告書は、「大阪経済の振興目標を産業貿易都市」と定め、重化学工業化促進には否定的でした。
 しかし、「高度成長」の名で持ち込まれた「重化学工業化」の号令に押し切られ、白砂青松で知られた浜寺海岸などは埋め立てられ、鉄鋼、石油精製、石油化学、造船、電力などのコンビナートが誘致されます。大阪府は「大手前不動産会社」とも揶揄(やゆ)された「企業局」の手で一路推進します。
 それは、大阪に土着性をもたない巨大企業によって大阪が中央集権的な経済構造にくみこまれた一つの契機でもありました。

大阪全体に「寄与」したものは     

 コンビナートが大阪全体に何をもたらしたか。
 敷地面積は17・1%のこの工業地帯が、汚染物量(NOx)は府内の41・8%を排出し、一大公害発生源となり、電力使用量は41・4%、工業用水使用量は22・3%を占める。一方、「地域経済や地方財政もうるおうと」されたが、雇用量は府内の1・7%、事業税は1・6%にすぎない――大阪市立大学商学部教授(当時)の宮本憲一らによる『大都市とコンビナート・大阪』は綿密な実証研究による「決算」をグラフでを示します。(表)

大阪府議会・市議会で        

 62年3月の大阪府議会で、日本共産党の三谷秀治府議団長は、「1180億円という戦後最大の予算が、堺工業地帯造成など独占資本の産業基盤強化策に注がれる一方、府民生活に直結する民生、衛生などの予算には知事査定で4割、5割の大ナタをふるった根拠を示せ」ときびしく迫ります。これにたいする左藤知事の答弁は「臨海工業地帯は、府民のために必要であり、大阪には独占資本は存在しない」というものでした。
 63年の統一地方選挙に向け、「大阪府・市政にたいする共産党の当面の要求」をかかげたさい、「自民党府政・市政の10大罪悪」が描かれました。
 ①交通地獄は世界一、ばい煙、スモッグ、闇の町②日本一高い府・市民税、1人あたまで2万円③住宅難も日本一、15人に1人は家さがし④ゴミとり、くみとり悩みの種、下水施設は日本で最低⑤高校たてずに政府に義理立て、中学浪人2万人 ⑥大会社は地下水くみ放題、町は沈下で荒れ放題⑦工場廃水、汚水の都、カルキのませて知らぬ顔⑧市電・市バスに地下鉄、家賃、月謝、寄附金みな値上げ⑨生保、失対、農・漁民、零細企業もきりすて御免⑩“中央直結の府市政”で対米従属、独占奉仕も日本一
 「高度成長」が、府民に何をもたらしたかをわかりやすく伝えています。(次回は「大阪民主新報創刊」です)

(大阪民主新報、2021年2月14日号より)

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