おおさかナウ

2017年07月09日

〝私たちの行動が世界動かした〟
国連・核兵器禁止条約 7日採択へ
世界に逆行する日本政府に怒りと失望

 核兵器廃絶を目指す草の根の世論と運動が力強い流れとなり、7日、国連で核兵器禁止条約が採択される動きに結実しました。一方、安倍自公政権は、条約実現に背を向けるなど世界の流れに逆行し続けています。歴史的情勢の下、東京―広島の「2017年原水爆禁止国民平和大行進」が府内43市町村を歩き、「核兵器を禁止し廃絶する条約を」とアピール。8月、広島・長崎で開催される「原水爆禁止2017年世界大会」には大阪からは400人以上が参加します。

国連で核兵器禁止条約の議論が行われる中での歴史的な国民平和大行進。一歩一歩に力が入ります=6月30日、八尾市内

国連で核兵器禁止条約の議論が行われる中での歴史的な国民平和大行進。一歩一歩に力が入ります=6月30日、八尾市内

この一歩が歴史動かす国民平和大行進が府内に

 “核兵器禁止条約の締結を”“ヒバクシャ国際署名で世界を変えよう”。8幹線コースと15の網の目行進で大阪府下43市町村を歩く2017年原水爆禁止国民平和大行進(東京―広島コース)は7日、8日間の府内日程を終え、池田市を最後に兵庫行進団に引き継ぎます。

 「1955年に始まった原水爆禁止運動が世界を動かし、核兵器禁止条約の締結に向かっていることに感動します」。14人の府内通し行進者の1人、森脇望さん(29)は、行進団の先頭を歩きながら、通行人に駆け寄りながらヒバクシャ署名の協力を呼び掛けました。

 田川勝海さん(40)は、「小さな一歩ですが歴史を動かす力になると信じています。ヒバクシャの願いを胸に込め大阪中を歩きたい」と語りました。

 「被爆者たちが願い続ける核兵器禁止条約を必ず発効させ、1日も早く絶対悪の核兵器廃絶を実現しなければなりません」と話すのは、15年連続で府内通し行進に参加している田村真理さん。数年前の平和行進で、被爆者の女性が、「一歩でも二歩でも一緒に」と加わって歩いた光景が忘れられないと言います。

 「戦後70年以上も苦しみ続け、それでもなお命を削るような思いで戦争は許さないと歩く姿に、涙が止まりませんでした」

 いま田村さんは、行進途中の河原などで四つ葉のクローバーを探しては集め、「押し葉」にして行く先々でプレゼントしています。今年準備する四つ葉は1千枚を超えます。

 「人類の英知を集めれば、どんな困難な課題も解決できるはず。世界の平和、人々の幸せのためにクローバーに込めた反核平和のメッセージを広げていきます」

 府内自治体でも、国際会議を後押しする動きが広がりました。

 池田市議会は6月27日、「核兵器禁止条約」の実現を求める意見書を全会一致で可決しました。意見書は、「核兵器禁止条約」交渉国連会議第1会期に、「不参加」の態度をとった日本政府について、「各国の政府代表から強い批判と失望がもたらされた」と指摘。「今こそ政府が核兵器禁止条約のための会議に参加し、世界で唯一の被爆国として『核兵器のない世界』のため、核兵器を禁止し廃絶する条約締結に向けてイニシアチブを発揮する」よう求める内容です。日本共産党議員団が提案し一部修正して可決されました。

 平和行進には、首長からのメッセージも寄せられました。松原市では、市長メッセージが紹介されたのに続き、同市議会の森田夏江議長(日本共産党)が、「皆さんの粘り強い働き掛けが、核兵器禁止条約採択に向けた情勢にも影響しています」と行進団を激励。富田林市議会の奥田良久議長(日本共産党)も、「国連会議で議論されている核兵器禁止条約の成立を期待するものです」とあいさつしました。

寝屋川の被爆者4人が原水禁世界大会に参加

原水禁世界大会に参加する、左から山口、山下、今井、松山の各氏=1日、寝屋川市内

原水禁世界大会に参加する、左から山口、山下、今井、松山の各氏=1日、寝屋川市内

 「核兵器禁止条約を力に、核兵器のない平和で公正な世界を」をテーマに8月、広島(5、6日)と長崎(7~9日)で開かれる「原水爆禁止2017年世界大会」に、寝屋川市から4人の被爆者が参加します。
 松山五郎さん(88)は、16歳の時に広島で被爆。学徒動員で爆心地から4キロにあった工場にいました。体は無傷でしたが、被爆後、体調を崩し、紫斑病、脱毛、激しい下痢など原爆病の症状が出るようになりました。
 山口壽美子さん(79)は、小学1年の時、長崎で被爆。ふとんをかぶせて守ってくれた母は被爆直後に亡くなり、父も戦死。3つ下の妹と2人で親戚の家に身を寄せました。
 山下しのぶさん(74)は、2歳の時に広島で被爆。母は8カ月後に胎内被曝の妹を出産し、6年後に亡くなりました。
 今井セイ子さん(71)は、生後数時間後に長崎で被爆。一番上の姉も被爆し、4年後に亡くなりました。

被爆体験を語る中で鍛えられた

 4人は、被爆者たちでつくる「寝屋川市広長友の会」の会員です。同会は2008年、被爆体験記「ヒロシマ・ナガサキ 八月のあの日 寝屋川・被爆者からのメッセージ」を出版。15年4月、ニューヨークで行われたNPT(核不拡散条約)再検討会議国際行動には、英訳版を手に会員が参加しました。「ヒバクシャ国際署名」も、昨年6月からこの1年間に3400筆集めてきました。

 山下さんは、被爆者訴訟の傍聴をきっかけに、運動に参加するようになりました。今井さんは「仲間がいないと一人では行動できなかった」と語り、山口さんは「何よりも若い人たちが関心を持って聞いてくれることに励まされた」、松山さんは「被爆体験を語る中で、私たち自身が鍛えられた」と実感込めて話します。

 国連での核兵器禁止条約採択を目の前に4人は、「ようやく、という感じ」「それにしても安倍さんに反対と言ってほしくない」「本当は日本政府が先頭に立って、世界に呼び掛けるべきなのに」と口々に言います。

 松山さんは言います。

 「今度の世界大会は特別な大会になる。ヒバクシャ署名をもっともっと広げて、日本政府を世界の世論で包囲したい」

〝核なき世界〟へ重要な貢献

原水爆禁止大阪府協議会理事長 岩田幸雄さん

 核兵器禁止条約は、今月7日には成立が見込まれる歴史的な局面を迎えています。

 私も6月15日からの国連第2期会議を傍聴し、どの政府代表も被爆者や原水協などの平和NGOも一緒になって発言する姿に、条約制定への熱い思いを感じました。この条約は、「ヒバクシャ」に言及しつつ、核兵器の法的拘束力のある禁止は、核兵器のない世界の達成・維持に向けた重要な貢献となることを明記しています。

 あらためて私たちの日頃の署名や集会などの行動が世界と繋がり、動かしていることを実感しました。

 しかし驚くことに、日本政府は会議を欠席。「唯一の被爆国」を口にしつつ条約に反対し、憲法改悪すら狙う安倍政権は一日も早く辞めさせましょう。

 今後も新しい局面でたたかいは続きます。「ヒバクシャ国際署名」を更に広げ、大阪から400人以上の参加で、原水爆禁止世界大会を成功させましょう。

(大阪民主新報、2017年7月9日付より)

 

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