政策・提言・声明

2018年02月02日

二〇一七総選挙はどのようにたたかわれたか [大阪] 総選挙での共闘がさらに前進、 新たな広がり

二〇一七総選挙はどのようにたたかわれたか
総選挙での共闘がさらに前進、新たな広がり

日本共産党大阪府委員会副委員長 太田いつみ

 大阪では、総選挙で日本共産党が候補を降ろし、立てなかった六つの小選挙区のうち、大阪一〇区、一一区では立憲民主党と無所属野党候補が勝利し、大阪二区、六区、一六区ではいずれも立憲民主党候補が比例復活での当選をかちとりました。その多くが、比例代表の野党各党得票合計を上回る得票です。「共闘効果」が見事に発揮されてのものでした。
 また大阪三区、九区は社民党と相互推薦。いくつかの選挙区で野党共闘を促す「市民連合」などが結成され、わが党候補が「市民と野党共同候補」として推薦されました。また立憲民主党と競合してたたかった四つの選挙区でも、市民ボランティアなどの支援があり、大阪全体で「共闘の絆」がつくられました。
 大阪では国政選挙初の市民と野党の共闘となり、今後に生きる大きな財産を得ました。総選挙直後にたたかわれた東大阪市の府議補選では、総選挙では実現しなかった野党共闘の成果がみごとに発揮されました。「安倍改憲NO! 憲法を生かす三〇〇〇万人署名」の共同の取り組みでも、市民と野党の共闘がさまざまな形ですすめられるなど、新たな広がりが生まれています。

■結ばれた絆──さらに強く

 「大阪二区で、共産党の石谷ひさ子さんが、大義のために自分は降りると言われたとき、その思いを受けて頑張ろうと決意を新たにしました」「与党の暴走を止めるという、非常に大きな役割を、しっかりと野党の皆さんと足並みをそろえてやっていきたい」(大阪二区・尾辻かな子さん)
 「共産党の候補者を降ろして立憲民主を勝利に導いたことについて、小池晃書記局長が『見返りは民主主義だ』とおっしゃったというのを聞いて、そういう大局的な視点で政治や選挙をとらえておられたんだなと、あらためて共産党の考え方に敬意を表しました」「野党共闘をさらに発展させていきたい、私自身もぜひその架け橋になりたい」(大阪六区・村上史好さん)
 「単に立憲民主党だけではなく、共闘の思いがこもる議席」「堺の皆さんと国政とを結び、改憲を許さないたたかいに全力をあげます」(大阪一六区・森山浩行さん)
 「立憲民主も共産党さんの協力がなかったら議席をとれていないでしょうし、社民党も頑張って応援しました。これからさらに国会内外で連携し、特に野党共闘のきっかけになった戦争法、秘密保護法、『共謀罪』など悪法の廃止、そして沖縄や原発の問題も含めて共通の目標に向かって共に頑張っていきたい」(大阪九区・服部良一社民党府連代表)
 昨秋(二〇一七年)の「大阪民主新報」に登場し、語っていただいた立憲民主党や社民党のみなさんの言葉です。
 「大阪民主新報」に他党の幹部・国会議員の方が次々と登場することも、そこで「市民と野党の共闘」の意義や日本共産党との関係を語っていただいたことも、初めてのことでした。
 市民とともにたたかう選挙という点でも画期をなしました。大阪三区のわたなべ結候補は、選挙事務所そのものをオープンカフェ風に、誰でも入りやすいものにしたこともありますが、「キックオフ・ミーティング」以来、延べにすると一〇〇人以上が市民ボランティアとして、さまざまな工夫をこらして選挙戦を展開しました。その後押しも受け、社民党、自由党、民進党幹部がわたなべ結さんの応援にはいり、自由党共同代表の山本太郎氏は、「ブレない、裏切らない、まざらない。共産党」「ぜひ国会の質問を聞いてほしい。国会で一番いい仕事をしているのが共産党」と訴え、反響を呼びました。
 大阪一六区、一七区では市民と野党の共闘を早くから追求してきた団体、「堺からのアピール」が両選挙区事務所に「市民選対」を設置しました。一六区立憲民主党の森山候補と六野党共同宣伝を実現したり、一七区では日本共産党の藤本幸子候補の勝利へ、活動をすすめました。大阪七区では民進党候補が「希望の党」に加わり、選挙区を離れたあと、市民団体と各野党が政策協定を交わし、日本共産党の村口久美子候補を「統一候補」に決定しました。
府議補選で文字どおりの共同候補に
 総選挙で結ばれた「絆」の大きさは、総選挙直後にたたかわれた東大阪市での府議補選(定数二)で現れました。東大阪地区委員会が決断し、市議団長の内海公仁候補を擁立すると、共産党が支援の依頼をする前に、新社会党府本部が推薦を決めました。東大阪市議でもある新社会党の松平要府本部副委員長が応援演説に立ち、「推薦を即決しました」「衆院選で自らの身を切ってでも野党の共闘、憲法と平和を守るたたかいを前進させてきた共産党への熱い評価があったから」と語りました。この選挙には、社民党の服部さん、自由党の渡辺義彦府連代表、さらに立憲民主党の村上さんもかけつけ、文字通り野党共同候補としてのたたかいになりました。
 勝利には及びませんでしたが、直前の総選挙での得票を一・三倍、得票率では二倍にする大健闘でした。

■激動、逆流のなか、ブレずに共闘をつらぬいた

 大阪でも、二〇一五年九月、第二六回大会四中総での「国民連合政権」の提唱、二〇一六年二月の野党党首会談での確認を受け、「市民と野党の共闘」をめざす努力を強めてきました。
 出発点になった野党党首合意には、「国政選挙で現与党およびその補完勢力を少数に追い込む」ことが明記され、大阪で維新政治とたたかう私たちや野党各党を励まし、その国政上の位置づけも大いに高めるものでした。
 これをうけ日本共産党大阪府委員会も社民党、自由党府連によびかけて「定期協議」を重ねてきました。総選挙後もこれらの党との連携は継続しています。また、「関西市民連合」や「みんなで選挙☆ミナセン大阪」などがよびかけた共同宣伝には民進党も合流しました。二〇一六年参院選前には、憲法記念日の「大阪総がかり集会」をはじめ、わが党のわたなべ結候補と民進党の尾立源幸候補がツーショットで府民に訴える機会も八回を数えました。
 さらに、昨年の共謀罪反対の野党六党共同の街頭宣伝も連続してとりくまれ、総選挙直前の九月の堺市長選挙でも、これらの野党、市民団体は保守・自民党支持層とも共同してたたかい、勝利しました。
社民党との相互推薦
 解散・総選挙に向かうなかで希望の党の結成、民進党の希望の党への合流という激動と逆流に直面しました。希望の党は、九月三〇日、大阪では「維新の会」と候補者をすみわけ、大阪の小選挙区から希望の党の候補者を立てないことで合意しました。これは大阪の民進党からの立候補予定者の行き場を失わせるものであり、情勢は複雑さを増しました。
 そのなかで、日本共産党は「ブレずに共闘」をつらぬく努力をすすめました。
 その第一歩が、九月二九日、中央レベルの合意にもとづき、九区の共産党候補者を降ろし、社民党と大阪三区と九区の相互推薦をおこなうことでした。大阪三区は、私たちが「必勝区」に位置づけたわたなべ結さんの選挙区ですが、実は社民党の服部良一さんも一時期、三区から公認候補として発表されていました。ただ、わたなべ結さんが参院選後に大阪三区立候補を決めた時から、「わたなべさんとたたかうわけにはいかない」と模索のうえ、九区からの出馬を八月に決断されたところでした。
 中央合意の連絡をうけ、すぐに九区の候補者の山元たけしさんと地区委員長にその旨を伝え、その日のうちに地区常任委員会、地区委員会総会を開いて議論する緊迫した展開でした。しかし、山元候補の決断もあり、全員一致で社民党の服部良一さんを推してたたかうことを決定。翌日には服部事務所での選対会議にあいさつにいき、事務所開きから、出発式はもちろん、あらゆる選挙活動を一体に担いました。当選には及びませんでしたが、「本当に気持ちのよいたたかい」(服部氏)になりました。

再構築──胸打つ大義にたつ候補者の決断、発言

 「希望・維新の野合劇」のあと、それまでの民進党候補のなかには、大阪を離れ、「希望」に流れた方もでました。一方、一〇月二日に結成された立憲民主党に合流する方、「希望」にはいかず無所属でたつ方も現れました。市民団体と交わした約束もあり、「『希望』には絶対いけない」と表明した方も現れ、共同を再構築する芽が生まれました。
 このもとで開かれた第二回中央委員会総会の方針にもとづき、私たちは、㈰安保法制の廃止、㈪立憲主義の回復、㈫希望の党には加わらないなどの立場をつらぬくなら、過去のいきがかりを超えて、野党候補を一本化するという立場から、一〇月五日、まず大阪六区、一〇区では候補者を立てず、大阪二区の石谷ひさ子、一六区の田中ひろみ両候補を降ろして、それぞれ野党一本化をはかることを記者会見で表明しました。この会見にはテレビ五社、新聞八社がつめかけ、「前職・元職が基準?」「立憲民主党とはどういう枠組みで? だれと相談?」「今後の調整は?」「共産党からのアプローチ?」など質問が寄せられました。当日夕方のニュースで放映されました。
 続く六日には、大阪一一区──民進党府連代表の平野氏が立憲民主党にはいかず、「積極的無所属」として立候補──でも共産党公認の三和候補を降ろすことを発表しました。
 一〇月五日に発表した「『ブレずに共闘、大阪から新しい政治を切り開く』──総選挙での新たな市民・野党の共闘に臨む日本共産党の立場について」で、私たちの立場をこうのべました。

 ──総選挙の対決構図は「安倍自公政権とその補完勢力」対「市民と野党の共闘」にあります。この構図が全国以上にくっきりしているのが大阪です。
 安倍自公政権は大阪を舞台にした「森友学園疑惑」を隠すための冒頭解散の挙に出ました。安保法制(戦争法)、共謀罪、アベノミクスによる暮らし破壊など、積もりに積もった府民の怒りをつきつけ、暴走政治を打ち破る絶好のチャンスです。
 「民進党」を「吸収・合併」した「希望の党」の本質が日々明らかになっています。とくに大阪で「維新の会」と候補者をすみわけ、政策においても「九条改憲」をかかげるなど東西で安倍政権を補完しあう姿があらわになりました。
 市民と野党の共闘で安倍暴走政権打倒、安保法制廃止、立憲主義回復などを求める市民からこの動きに対する怒りと批判が沸き起こっています。そして、「大阪都ノー」の審判を再びくだした堺市長選挙の勝利にみられる「反維新の共同」の流れともあいまって、大阪の野党にも新たな変化をもたらしています。「立憲民主党」が結成され、大阪でも民進党から「希望の党」に加わらず、「立憲民主党」あるいは無所属で立候補する流れが続いています。
 ──大阪でこうした決断にいたった背景には、中央レベルでの政党間協議と合意の積み重ねとともに、この二年間、大阪ですすめてきた野党間協議と「市民と野党の共闘」を強く求める声と運動の広がりがあります。また大阪において、「反維新の共同」で築いてきた市民・野党間での信頼関係の深まりがあります。
 今回の日本共産党の決断は、必ずこれまで各選挙区で党候補を支持し、支えてきたみなさん、市民と野党の共闘、候補者一本化を求めてさまざまな活動をすすめてきたみなさん、政治の転換を求める広範な府民のみなさんの共感と支持を得るものと確信します。その願いにこたえ、必ず勝利を切り開く決意です。

 大きな反響を生んだ決断でした。それぞれの地区委員会では「なぜ党の、この素晴らしい候補者を降ろさなければならないのか」「それで対等の共闘といえるのか」「候補者カーもだせず、選挙になるのか」など激論も交わされました。涙ながらに「候補者を降ろす」と報告し、討論でも声にならない方もいました。その過程では、「共同候補になる方に、率直に私たちの思いをぶつけたい」と地区委員長と共同候補者がつっこんだ懇談を交わす機会をもち、お互いの理解を深めたところもあります。
 しかし、共闘の大義のもと、安倍政権の暴走を止めるために、「この道しかない」と一致。「今、野党共闘に対する私たちの本気度が問われている」と訴え、党員の心を動かした候補者など、何よりも共闘の大義に立ってみずから候補を降りる決断をした各氏の発言が胸を打ちました。
広がる反響、すすむ市民、他党との共同
 日本共産党大阪府委員会が五つの小選挙区で候補を立てず、降ろしたことを知り、ツイッターなどでは、共産党のとった態度に、こんなメッセージが寄せられました。
 「柔軟すぎるぞ、共産党。お人好しすぎるぞ、共産党。 本気すぎるぞ、共産党。でも、きらいじゃないぞ、共産党!」「候補者の方も断腸の思いだったでしょうが、本当にありがとうございました」「結果、選挙に勝てば、志位さんが仰ってる様に『報酬は民主主義だ』という事ですね」「政党助成金もらわず、企業や団体からも献金もらわず、どれほどの覚悟だろうか」「異常を正常に戻す当たり前の正義の戦い!! 信念と義のために生きる真田幸村ですよ」
 大阪二区で候補を降りた石谷ひさ子さんの街頭演説の弁士にかけつけた「ママの会」の方は、「ここ数日、共産党への感謝と敬意の声がSNSで広がっています」と党の歴史にもふれ、ブレない党の値打ちを語ってくれました。石谷さんは演説のあと、涙ながらにハグされ「石谷さん、ほんとうにありがとう!」と言ってくれたことに、共産党が決断したことの反響の大きさを体感したと語っています。
 告示を前後して、大阪六区の村上史好さんは小池晃書記局長が訴えたJR京橋駅前での日本共産党街頭演説に参加して訴えました。九区の服部良一社民党府連代表は告示日、志位委員長を迎えた梅田での街頭演説でともに訴えました。
 日本共産党堺地区委員会は一六区で共闘していることを示す独自の全戸配布ビラを発行し、三つの行政区それぞれで準備、組織した演説会すべてに立憲民主党の森山候補者が参加。他の選挙区でも、選挙ハガキのあて名書きや宣伝カーの運行協力、党と後援会決起集会への候補者の参加などがすすめられました。
 総選挙の結果がでた直後、辰巳孝太郎参議院議員が大阪一〇区で当選した立憲民主党の辻元清美事務所を訪ね、お祝いをのべました。比例復活した候補からも、その日のうちにお礼の電話がはいり、翌日には六区の村上史好さんが府委員会事務所を訪ねてこられ、懇談しました。
 勝利の翌日、ある選挙区では、民進党の議員団の方が日本共産党議員団控室を初めて訪ねてこられ、「御党の歴史的英断で、勝利させていただいた」と感謝をのべる光景もありました。
 一一月三日の「九条改憲許さぬ総がかり」大阪集会に二万人が参加。壇上に、総選挙で当選した立憲民主党四人の議員と共闘した野党が登壇し、参加者に、総選挙で広がった野党共闘の成果を実感させました。
 激動の連続でした。全力を挙げた対応のなかで、府委員会も、地区委員会も、候補者も、本当に鍛えられたと実感しています。

■「反維新の共同」の経験生かして

 大阪では二〇一一年の大阪府知事・市長ダブル選挙以来、「反維新の共同」をすすめてきました。二〇一五年「大阪都」を問う大阪市「住民投票」。そして二度目の府知事・市長のダブル選挙。さらに昨年総選挙の直前の堺市長選挙で「大阪都反対」をかかげる竹山修身市長が維新候補との一騎打ちで連続勝利したのもこの共同の力でした。
 こうした反維新の共同は、維新が改革者ではなく、地方自治や教育を破壊する勢力であり、維新政治を許すなという市民の要求にもとづく共同のたたかいへの共感があります。党からの様々な労働組合への申し入れに、これまで門前払いだった労組も、事務所内で懇談できる関係になったなどの変化も生まれました。
 反維新の共闘が広がる中で、大阪での維新とのたたかいについては、本号で、大阪府委員会の中村正男副委員長がくわしく論じていますが、「市民と野党の共闘」をきずくうえで、㈰一致する目標が鮮明ならば、過去のいきがかりや立場、政策の違いをこえて共闘できるし、その「共同の力」が悪政、暴走を打ち破る大きな力になる。㈪垣根をこえた共同の積み重ねのなかで、お互いの信頼関係が増し、率直に意見や批判も交わせる。㈫それぞれの政党を市民の運動が後押しする、などの経験、教訓が生きました。
 もとより、安倍政権を倒し、新しい政治を起こす「市民と野党の共闘」と、大阪の「維新政治」を打ち倒し、まっとうな府・市政をとりもどす「反維新の共同」は、課題も枠組みも別々であり、どちらも共にすすめなければならない課題です。
 同時に、この間「反維新の共同」をすすめるなかで、維新と一蓮托生(いち れん たく しよう)になる安倍政権への批判が、保守・自民党支持層にも生まれています。
 今回の総選挙で、日本共産党が「市民と野党の共闘」をつらぬく姿に、「大阪市を知り・考える会」世話人の中野雅司さん(浪速産業株式会社社長)は次のように語っています。
 「候補者を下し、野党共闘を支援し続けた共産党のお陰で、反維新の構図をよりはっきりと描き出すことができた」「維新という政党の実情がより有権者にはっきりと見えてきた」「大阪を正常な形に戻すために、自己犠牲を厭(いと)わず、大きな貢献をしてくれた共産党には大きな感謝」。
 一方、維新は巻き返しを狙い、二〇一八年秋にも、「大阪都」のための「住民投票」を再び狙いますが、断じて許すわけにはいきません。
 二〇一九年は、春に統一地方選挙、夏に参議院選挙、秋に大阪府知事・大阪市長ダブル選挙が実施されます。
 市民と野党の共闘を一貫して追求しつつ、大阪の維新政治を打ち破る反維新の共同を太くすすめていきます。

■「市民と野党の共闘」をさらに大きく

 日本共産党第三回中央委員会総会は、「共闘の前途には、さまざまな困難や曲折が予想されますが、わが党は、いったん踏み出した共闘の道を、多くの方々と手を携えてとことん追求し、安倍政権を打倒し、自民党政治を終わらせ、野党連合政権をつくるために全力をあげる」と決意をのべ、そのための方針を提起しています。
市民運動、労働運動での変化
 大阪の市民運動では、反維新の共同から生まれた「おんな・こどもをなめんなよ」「あかん!カジノ」など女性運動が広がり、安倍政権と維新政治と対決する運動を展開。そこで新婦人や共産党とつながった幅広い人たちが、参院選での女性の願いを託そうとわたなべ結候補を応援し、堺市長選挙や総選挙でも応援してくれるなど党との信頼を広げさらに共闘が発展しています。
 また、労働分野でも、立憲野党の共闘が、連合職場の労働者に変化をもたらし始めていることに注目しています。総選挙中に、候補者を一本化した選挙区内の連合職場門前宣伝で党のビラの受け取りが大きく変化したこと。さらに関西の連合傘下のある労組は機関紙で「比例は立憲民主党を徹底する。小選挙区で地連の推薦する候補者がいない選挙区は、自民党・公明党・希望・維新以外の候補者を支援する」という呼びかけをしました。これは二〇一六年来の野党合意にもとづき、安倍内閣「働き方改革」に反対し「残業時間の上限規制」など野党議員立法で共同提出したことや、総選挙での立憲野党との一本化が、大阪でもいくつかの選挙区で実現したことが影響し、長年特定政党支持の締め付けがなされてきた職場で変化がおきたといえます。野党共闘が反共意識の壁を取り除く力をもっていることを示しているのではないでしょうか。
本格的な第二幕へ
 大阪においても、今回の総選挙での「野党候補一本化」は、市民団体の働きかけと日本共産党の決断によるものが大きく、それ自身、安倍政権の暴走を絶対に許さない立場からの積極的で、歴史的なものでした。同時に、府民の前に公然と市民と野党共闘の姿を映しだすことや、文字通り相互支援、対等平等の共闘を構築することは、これからの課題になっています。
 いわば総選挙で開かれた共闘の第一幕を本格的な第二幕へと発展させるために、さらに努力を強めます。
 そのために、大阪府委員会は次の五つの柱を定め、推進することを確認しています。
 第一は、国会と大阪を結び付け、政党間及び市民団体との協力、共同をさらに発展させることです。
 立憲民主党大阪府連(代表は森山浩行衆院議員)がたちあがったもと、この間、絆を深めてきた社民党、自由党、また大阪の民進党などとの連携もさらに追求していきます。その際、大阪では「大阪都反対」「維新政治ノー」という点でも、各野党間には明瞭な一致があります。
 こうした共通課題をかかげてのとりくみを追求します。
 第二は、大阪の草の根、各地域と各分野で、一致する切実な要求と共通する課題(大義)をかかげて、共同闘争を広げることです。
 日本共産党は綱領で「統一戦線の発展の過程では、民主的改革の内容の主要点のすべてではないが、いくつかの目標では一致し、その一致点にもとづく統一戦線の条件が生まれるという場合も起こりうる」としています。大阪でも二〇一五年の戦争法反対のたたかいの運動から生まれた、市民と野党の共闘の前進が、一致点にもとづく統一戦線の条件をつくり出しつつあるといえます。
 「市民連合」との七つの政策協定書に盛り込まれた内容、とくに「戦争法廃止」「安倍政権の改憲を許さない」ための「三〇〇〇万人署名」をはじめ、新たに国会に共同で提出された「共謀罪廃止法案」を含めて共同提出法案の実現めざすとりくみを強化します。九条の会、地域革新懇、憲法会議共同センターなど、大阪には市民と民主団体、共産党が共闘する広範な共闘組織が多くあります。さらに共同を広げて、府民的な集会、各地の懇談などとともに、この角度からも日本共産党が主催する「集い」を重視します。
 第三は、大阪府政・市政、地方政治を変えるたたかい、「反維新の共同」と一体に、「市民と野党の共闘」を太く推進します。堺市をはじめ、大阪府内では「維新政治を持ち込ませない」という立場の市長、町長が九自治体に広がっています。これをさらに広げつつ、「市民と野党の共闘」を追求します。
 第四は、「共闘の大義」を府内のすみずみに広げるための「共通政策」づくりとともに、市民と野党の共同宣伝など、目に見える形での取り組みを広げます。
 この点では、維新が繰り広げる「野合」攻撃など、共同破壊の攻撃を許さないためのたたかいを広げます。
 第五は、三中総が提起した「共闘の時代にふさわしい党づくり」で、「共同」を担う量質ともに強大な日本共産党を大阪できずくことです。
 大阪府委員会はこの間、理論的にも、実践的にも、「共同に強くなろう」と、二〇一六年八月に合宿の地区委員長研修会で「大阪の共同の到達点と前途について」の報告と討論をかわしました。また二〇一七年八月には分野別の幹部を対象に「大阪の『野党共闘』と『反維新の共同』の探求と今後の発展方向について」の問題提起と討論をかわすなど、節目で共闘・共同を議論する努力をすすめてきました。三中総にもとづき、総選挙での経験と教訓を共有していくための学習・交流集会などもすすめる予定です。

 歴史をふりかえれば、「大阪が変われば、日本が変わる」のスローガンは、一九七〇年代。すでに東京、京都で統一(共闘)が組まれ、革新自治体が誕生しているのに、大阪は「分裂の拠点」となっていました。その大阪を「統一の拠点」に変えれば、民主連合政府への道が切り開かれると大阪の大志とロマン、使命をうたったもので、一九七一年黒田革新府政を切り開く力になりました。
 新たな「共闘の時代」にふさわしい党づくりとともに、共闘の時代を大阪から切り開く大志をもち、三中総を力にした共同への探求と実践をさらに前へとおしすすめます。

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