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議員団便り・千早赤阪村

2009年12月11日

 2007年4月、村長が河内長野市への編入合併を表明して以降、村が消滅するかもしれない事態になっていました。

 日本共産党議員団と党支部は合併で村の施設や暮らしはどうなるのかを徹底して住民に知らせ、住民世論の結果、村長は合併を断念し、大阪でたった一つしかない村が残りました。(本紙11月15日号徳丸レポート)。  千早赤阪村は楠木正成生誕の地として知られています。ピーク時には7800人の人口を有していましたが、現在は6400人に減少しています。  日本共産党議員団は学校給食の実現や子どもの医療費助成は大阪府下で最初に就学前まで実現させ、府下に広がりました。また、人口減少に歯止めを掛けるために、空き家住宅の紹介、若者定住のための二世帯住宅の増改築への助成制度などを提案してきましたが、まだ実現していません。  しかし、合併が破たんして、新しい村づくりに向けた取組みの中で、日本共産党が提案してきた若者定住策などが、あらためて見直されようとしています。  村おこしにむけて、日本共産党議員の提案で取り組んできた「棚田守りたい」の活動は今年で5年目になります。棚田百選に連なる棚田が耕作できず、荒地になるのを食い止めるために、行政に提案するだけでなく、自分たちでやれることから始めようと、素人で取り組みました。機械も入らない急な棚田に手作業で、田おこし、田植え、稲刈り、草取りなど想像以上に大変な苦労がありますが、大阪市内や東大阪などからたくさんの人が田植えや稲刈りの体験に来てくれるようになり、村おこしにつながっています。(せきぐち・ほずみ)  千早赤阪村議会の定数は10。党議員は3人。

投稿者 jcposaka : 2009年12月11日

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