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編集長のわくわくインタビュー バイオリニスト .松野.迅さん

2009年12月03日

音楽の力を感じる時は?
演奏の瞬間、.瞬間が平和の証


 8歳からバイオリンを始め、音楽生活40周年を迎えた松野迅さんが、ことしも年内最後のリサイタルを21日(月)、いずみホールで開きます。バイオリンと共にヨーロッパ、アジアなど世界各地を訪ねる中で感じてこられたこと、今回、初めて取り組むガーシュインの作品への思い、今後の抱負などを聞きました。(聞き手は佐藤圭子編集長)

――いま持っておられるのが、ウクライナに行かれた時、「楽器のパスポートがない」との理由で足止めを食らったバイオリンですか?
松野 そうです。
 あれは3年前、コンサートを終えてウクライナからポーランドに向かった時でした。国境検問所で楽器も僕も通関・出国させてもらえず、ソファと薄い毛布が一枚しかない小さな部屋で3日間、過ごしました。

芸術活動できる背景にあるもの

 ウクライナは、人間だけでなく、芸術品や貴重品から動物に至るまで、パスポートがある国だったんですね。何キロにも及ぶ国境線を眺めながら、これがなくなる日はいつくるんだろうとか、いろんなことを考えました。
 さまざまな国を巡る中で、私たちが徴兵の要請もなく、小さいときから演奏活動をつなげられてきたのは、日本国憲法第9条の存在によること、そしてその背後には、アジアで命を奪われた二千万人もの人々の命の重みがあるということをあらためて感じています。
――これまでたくさんの作品を演奏されてきましたが、古典の音楽に取り組むときは、どのような姿勢で向かわれるんですか?
松野 クラシックの古典作品も、作曲された時はすべて現代音楽であり、作曲家が書いている瞬間は現代性を持っているんですね。どこにその現代性があるのかを探究してゆくと、楽曲の背景や作者の人生、あるいは最初に演奏された当時の環境などが浮かび上がってきます。
 ですから、古典を演奏する前には、作品が産声を上げた瞬間の新鮮さと、長い年月を歩んできた普遍性の両面を感じながら臨むように心掛けています。
――モーツァルト生誕250年(2006年)の時には、作品演奏とともに曲間のトークや講演で、これまであまりクローズアップされてこなかった内面的成長や社会的背景などを検証されていましたね。

音の中に魂込め世に訴えた偉人

松野 当時の社会で、その作曲家や音楽がどのように位置付けられていたのかと考えるとき、為政者側にとっての位置付けと聴衆にとっての位置付けと両面あると思うんですね。
 モーツァルトの場合も、社会との軋あつ轢れきやたたかいの中で、どういうふうに彼が音の一つずつの中にその魂を込め、訴えてきたのか。言葉にはできないことを音符にしている側面は、あちこちに見受けられます。そうした実像を探究することはとても大切な作業だと思います。
――表現力や内面を豊かにするために、どんな努力をされていますか?
松野 できる限り、さまざまなジャンルの芸術に触れたり、芸術家と交流しようと努めています。特に他国を訪問した際は、音楽家や芸術家だけでなく、歴史の研究者と語らうのも大きな刺激になります。日本刀の鞘さやの研究をしているポーランドの方などは、独自の日本論があって、文化の見つめ方の多様性を学びました。
――音楽の力や可能性を感じられるのはどんな時ですか?
松野 ステージで演奏し、会場全体で一つの作品を共有するその瞬間、瞬間です。それ自体が平和の証なんですね。戦争、クーデターなどがあれば不可能なことです。作家の宮本百合子は「平和は眠りを許さない」と言いましたが、こういう一瞬、一瞬の平和の積み重ねを大切にしたいと思っています。
――今回のリサイタルでは、初めてガーシュインの曲を演奏されるそうですね。

「必ずしもそうじゃないさ」

松野 1935年に初演されたオペラ『ポギーとベス』から「It Ain't Necessarily So(必ずしもそうじゃないさ)」を演奏します。ジャンルとしてはジャズです。
 作者のガーシュインは、ユダヤ系アメリカ人として、ユダヤ人差別ではなく、アメリカに根付いている黒人差別を問題提起し、この作品を作りました。オペラや西洋音楽を特定の白人文化の専有物とせず、黒人を出演者とした発想の豊かさは、昨年のオバマ大統領の登場にも脈々とつながっていると思うんですね。
 そして第2次世界大戦中、ドイツやナチスドイツ占領下の北欧でもこの作品が放送されたんですが、ナチスが大勝利、大勝利と発信するプロパガンダ放送の合間に、レジスタンスたちがこの「必ずしもそうじゃないさ」を、皮肉を込めて同じ周波数に乗せて流し、音楽で真実を訴えてゆきました。このレジスタンスの行動は、とかく真実が伝えられにくい日本社会への警告警鐘に思えてなりません。
 かねてから弾きたいと思ってきた曲で、いまこそ聴いていただきたいですね。

文化の源流の地に常に前進の思い

――ことしも大阪のリサイタルで年納めですね。
松野 生まれ育った大阪は、私にとって文化の源流です。そこからいただいたエネルギーに背中を押され、さまざまな国や地域のステージに送り出していただいています。この地での演奏は、私にとって貴重な試練の場です。またチェリスト、パブロ・カザルスがスペインで立ち上げた「労音」も、日本では大阪からはじまり60周年を迎えました。
 ――これからの夢は?
松野 これまでもステージで自分のオリジナリティーを一生懸命に表現してきたつもりですが、今後は自作もプログラムの中により多く取り入れてゆきたいと考えています。再現者であると同時に、創造者としても挑戦してゆきたいですね。


松野迅ヴァイオリンリサイタル“ツィゴイネルワイゼン”
 21日(月)午後7時、いずみホール(JR大阪城公園駅下車)。曲目=モーツァルト:ソナタホ短調、ベートーベン:スプリングソナタ、ドボルザーク:ユーモレスク、瀧廉太郎(松野迅編):荒城の月、ガーシュイン:〈ポギーとベス〉より「It Ain't Necessarily So(必ずしもそうじゃないさ)」、瀬越憲(松野迅編):すみれ、サラサーテ:ツィゴイネルワイゼンほか。ピアノは曽我尚江さん。S席4500円、A席4千円。問い合わせ先06・6341・0547大阪新音。

 まつの・じん 大阪生まれ。8歳からバイオリンを始め、13歳の時、協奏曲のソリストとして起用されて音楽界にデビュー。京都市立芸術大学音楽学部卒業後はヨーロッパやアジア各地にも活動の範囲を広げ、リサイタル、室内楽、オーケストラとの協演などの傍ら、チャリティコンサート、学校、各種施設などでコンサートホール以外での公演も各地各所で取り組んでいる。講演者、エッセイストとしても活躍。著書は『銀月に踊るユーモレスク』(かもがわ出版)など。CDは昨夏リリースした『ながれ星』(音楽センター)など多数。

投稿者 jcposaka : 2009年12月03日

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