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編集長のわくわくインタビュー 映画作家 河瀬直美さん 新作、独特の映画作りですね 脚本があるとつくってしまうから

2008年10月16日

 昨年、 『殯もがりの森』 でカンヌ映画祭グランプリを受賞した映画作家の河瀬直美さんの最新作 『七なな夜よ待まち』 が完成。 11月1日から大阪でも公開されます。 出演者には、 朝、 その日の行動だけを書いたメモ一枚を渡すというユニークな映画作りで生まれた作品です。 キャンペーンで来阪中の河瀬さんを母校の大阪ビジュアルアーツ専門学校 (大阪市北区) に訪ねました。 (聞き手 佐藤圭子編集長)
   新作の 『七夜待』、 ドキドキしながら拝見しました。 タイ人、 フランス人、 日本人と、 言葉が通じない人たちが出会い共に過ごす中で、 葛藤 (かっとう) や衝突を繰り返しながら心を通い合わせていくストーリーですが、 出演者もこれから何が起こるか分からないという映画作りだったそうですね。
河瀬 初日、 バンコクに降り立った主人公の彩子がタクシーに乗るシーンでも、 運転手のマービンが出演者とは彩子役の長谷川京子さんには知らせていませんでした。
   そうだったんですか。
河瀬 フランス人青年役のグレゴワール・コランも、 フランス映画界ではよく知られた人ですが、 いきなりタイに来て、 脚本もろくなものを見せてもらえず、 最初はすごく混乱していました。 そこで少し話をして、 彼は彼なりに自分はなぜここにいるかということを彩子に向かって話しはじめる。 そのへんぐらいから、 それぞれ何か抱えているけれども、 つながっていこうみたいな雰囲気になっていって、 ナイトマーケットにも一緒に出て行ってコミュニケーションを構築していくんですね。
   それにしてもすごいエネルギーがいる作り方ですね。 編集段階で、 ああ、 こんなシーンも欲しかったとかいうことにならないんですか?

自然に出る言葉を

河瀬 脚本があるとつくっちゃうから、 あえて考えず、 体験する中から自然に出てくる言葉や行動を大切にしてるんです。
 あとで、 こういう場面も撮っておいたら良かったと考えることはないです。 料理と同じで、 この素材は新鮮だからこのまま切って食べようかとか、 最大限に素材を生かして良いものにする。 人生と同じでそれはそれでよしという感じですね。
   映画の中で、 運転手のマービンが彩子らの前で、 かつてこの地に爆弾が落ちてたくさんの人が死んだと語るシーンがありました。 最初は彼が何を言っているか分からなかった彩子が必死になって理解しようとして、 自分の考えを語っていく場面がとても印象的でした。
河瀬 あれは本当にマービン役のキッティポット・マンカンが経験したことでした。 事前に聞いていたので、 自分の体験を語ってほしいと言っておいたんです。 その中からあの話が出てきて、 長谷川さんが言葉が分からないやるせなさ、 もどかしさなどから自然に泣いたんですね。
   彼女がマービンの言葉を懸命に理解しようとする姿が、 世界は違ってもたたかってはならないと語る彼の思いに応えているような気がしました。
  もう一つ、 少年のトイが行方不明になった時、 母親が取り乱しながら、 こんなに子育てが苦労するものなら生まなければ良かったと語ったのに対して、 グレッグがすごい反応をするシーンも心に残りました。
河瀬 あのシーンでは、 母親のアマリには子どもがいなくなったことだけを考えて混乱してもらいたい、 グレッグには、 アマリが何を言っているか理解できないけれど、 自分の息子がいなければ良かったと言っているようなポイントで怒ってほしいとだけ言いました。
 グレッグは自分自身がゲイで、 フランスやヨーロッパでは認められているけれども、 それでもマイノリティとしてどこかで傷を負っているだろうということで、 親から拒絶されることに対する反応としてそのようにしてもらいました。

嘆く物語ではなく

   河瀬さんの作品は、 これまでも親子のつながりや、 親に愛されることの大切さや重みを問うものが多いですね。
河瀬 私にそれがなかったからじゃないかと思います。 私は両親がいたけど、 一緒には暮らしていません。 育ててくれた人から得た愛情は確かなものだけれど、 本当は自分の親にそれをやってほしかった。 親と離れなければいけない現実、 一緒にいても拒否されることで負った傷は、 どこかで代わりはできても何かが残ると思います。
 私の場合は、 その思いが作家として物づくりの根本にあって、 それを嘆く物語ではなく、 それがあったら素晴らしいよというような物語になっています。
   この学校 (大阪ビジュアルアーツ専門学校) での思い出は?
河瀬 級友はほとんど男の子でした。 授業以外の時間のほうが多く、 日曜もみんなでロケに出たり、 学校が閉まる夜9時までずっと編集したり、 しゃべったり。 楽しくてしょうがなかったです。 高校時代までの、 敷かれたレールの上の科目をこなしていく勉強ではなく、 芸術は自分とのたたかいだから、 どんなものを作るか、 「お前にとってそれがどんなに大切かを考えろ」 と言われたりして、 自分を見つめるきっかけにもなった場所です。
   いまの映画界で感じることは?

表現したいものを

河瀬 世界的に共通していることですが、 いまの映画作りというのは、 分かりやすいものとかお金になるものが求められ、 その人がその人として表現したいもの、 そうして生まれたものがほとんどなくなってると思います。 そういうものはお金にならないということになってしまっているけれど、 かつての芸術作品は絵でも音楽でも、 たぶん彼らがどうしようもない衝動に駆られて作られたものだろうし、 それは必ず人に伝わるはずです。
 高校時代に私の 『萌の朱雀』 を見て大好きだったという子がいま、 うちのスタッフで入ってきていますが、 10年たってるのにそれをずっと自分の人生の横に置いてくれている、 そういう人たちがいるというのはうれしいです。 しかもそれが世界中にいる。 少なくても、 そういうふうに伝えていける作品を、 自分は作り続けていきたいですね。

かわせ・なおみ 1969年生まれ。 大阪写真専門学校 (現ビジュアルアーツ専門学校) 映画科卒業。 『萌の朱雀』 が97年カンヌ国際映画祭カメラドール (新人監督賞) を史上最年少で受賞しデビュー。 ほか作品に 『火垂』、 自身の出産をテーマにした 『垂乳女』 などがある。 『殯の森』 は07年カンヌ映画祭でグランプリを受賞。 2010年には 「なら国際映画祭」 の開催を計画している。

投稿者 jcposaka : 2008年10月16日

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