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編集長のわくわくインタビュー 感じたことタブーなく歌に 独特ですねSFUワールド

2008年05月24日

ミュージシャン 中川敬さん

 非戦、 人間解放などをテーマにした曲を歌うロック・バンド、 ソウル・フラワー・ユニオン (SFU)。 今月6日、 舞洲で開かれた 「9条世界会議in関西」 にも出演し集いを盛り上げました。 ちんどん太鼓なども繰り出す独自のスタイル、 痛烈な社会批判精神で音楽を創り続ける思いなどを、 リーダーの中川敬さんに聞きました。 (聞き手 佐藤圭子編集長)

   9条世界会議で初めて聴かせていただきました。 ♪この惑星じゃ今も子どもらが、 虫けらみたいに 「ママ」 と叫んで死んでゆく♪と歌う 『極東戦線異状なし』 は、 2004年4月のアメリカのイラク大爆撃の後に歌われたそうですね。 涙が出そうになりました。 そして 『インターナショナル』 は、 ちんどん太鼓は繰り出すわ、 ♪いざ闘わん♪の歌詞が、 ♪いざ踊りましょ♪になってるわで、 見事に意表を突かれました。
中川 自分でもよく分からない、 変なバンドです (笑)。 以前のバンドも含めたら、 20年以上、 重なるメンバーでやってますが、 初期はいわゆるパンクやったし、 民謡色が濃い時期やファンクっぽい時期もあったり。 今みたいにアイリッシュ・トラッドや沖縄民謡、 ジャマイカのレゲエ的な要素も入れたスタイルが固まったのはこの10年ぐらいかな。 ジャンルを聞かれたら困るんですけど、 面倒くさいから 「ロックンロール」 と言っておく (笑)。
   いろんな音楽が取り入れられてますが、 その中でも、 メロディーは中国や古くからの日本の音楽に多いヨナ抜き音階が使われたり、 楽器も太鼓や三線だったりとアジア色が濃いですね。

日本列島の音楽模索した末に 

中川 十代のころ、 入り口はローリング・ストーンズやビートルズでした。 何で彼らは自然に世界中の音楽を取り入れながらも、 自分の足元の根っこをはっきりさせてやっていけるのか、 何で日本のミュージシャンは洋楽のコピーに日本語の歌詞を乗せてるだけなんかと思ってました。
  「日本列島の音楽」 って何やろうって模索してた時期に出会ったのがアイヌやウチナンチュー (沖縄の人) や在日コリアンの友達。 そういう連中が結構、 面白いことをすでにやってた。 それで興味のあるものを片っ端からミクスチャーしていったんです。 やってるうちに気が付いたら自分らなりのスタイルになってて、 海外での高評価も聞くようになった。
   そうやってオリジナル曲はもちろん、 『インターナショナル』 などカバー曲もSFUワールドになっていったわけですね。
中川 どんなものを取り入れようが、 ソウル・フラワー・ユニオンになるという自信みたいなものはあります。

何かが伝わる瞬間を面白がって

  『インターナショナル』 はいろんな国で歌ってきたけど、 北朝鮮では歌い出した途端、 若いやつらが 「気を付け!」 状態になった。 ベトナムでは最初は 「またインターか」 っていう感じやったけど、 途中から 「このインターちょっと違うぞ」 とニヤニヤし出す。 ヨルダンのパレスチナ難民キャンプでやった時は、 最前列に座ってた村の長老たちが、 「モスクの時間が近づいてるのに何でこんな音楽やってるんや」 という雰囲気やったのが、 『インターナショナル』 を歌い始めると手と足が動き始めた (笑)。 言語化できないけど、 何かが伝わる瞬間がある。 その反応を面白がりながら歌ってますね。
   ソウル・フラワー・ユニオンは、 社会批判性という点でも日本のほかのロック・グループと一線を画していますね。
中川 十代のころ、 最初にジョン・レノンやボブ・ディランを好きになっちゃったから、 西洋社会主義的なロックが 「当たり前」 やと思ってました。 それとちょうどロックを聴き出した70年代後半から80年代は、 イギリスでパンク・ロックが出てきてて、 サッチャーイズムの下、 まさに今の日本と似た新自由主義の嵐の下で、 貧民窟くつの中から出てきたような音楽にひかれていきました。

日本のロックを変えてやる  

 80年代から90年代にかけてのバンド・ブームの時も、 社会的なものとリンクしていく気概のあるミュージシャンがあまりにいなかった。 おれらは、 日本のロックをおれらが変えてやる、 という鼻持ちならんやつらでしたね (笑)。
 ただおれの場合、 政治的な歌を歌っているとは、 これっぽっちも思ってない。 ただ自分が感じたことをタブーなしに歌にしたいということ。 天皇制批判からベッピンさんのことまで歌いたい (笑)。
   音楽をやってて良かったと思われたこと、 たくさんあると思いますが。
中川 あり過ぎます (笑)。 特に阪神淡路大震災の被災地では95年と96年の2年間で200カ所ぐらいで歌ったけど、 ほんまに濃い日々でした。
 震災が起きて1カ月半後ぐらいに長田区の高校の体育館で歌った時、 後ろのほうで、 ずっとこっちを向かないおばあちゃんがいたのにうちのメンバーが気付いて、 「うるさかった?ごめんね」 と言いに行って見たら、 足がなかった。 がれきに埋まっていた足を切ったので、 こっちを向かれへんかったんですね。 何が必要かを聞いたら 「ラジカセがあったら、 きょうのあんたらの音楽を録音出きたのに」 って。 あの時のことは忘れられません。
 同じ会場で、 歌ってたらえらいヤジ飛ばすおっさんがいて、 ぱっと見たらいかにもやくざ。 仕切り用のダンボールをはさみで切ってそこに日本刀を飾ってた (笑)。 それで 「アリラン」 や 「花」 とかしっとりした曲をやった時、 そのおっさんが急にガクッとなって、 歌い終わって見たら泣いてる。 「辛気くさい曲かと思ったらめちゃめちゃええ曲やんけ」 と。 演奏終って片付けてたら 「これ、 受け取れ」 と言って1万円くれた。 2カ月後にまた歌いに行った時は、 今度は家族を連れて来てて、 大盛り上がり (笑)。
   ファンはやっぱり若い方が多いんですか?
中川 一番多いのは20代から30代かな。 この間広島に行ったら、 80代のおばあちゃんが、 「孫に教えてもらってあなたのファンなの。 毎日、 朝ごはんと晩ごはんの時にあなたの歌を聴いてるのよ」 と。 子連れで来てくれる人もいたりして、 とにかく年齢層は幅広いですね。
 うちは小学6年まで無料で中学生は半額。 みんながライブハウスに行くのを日常化するようにしたいんです。

いろんなやつがおってええんや

 音楽ってすごい力があると思います。 日本中、 世界中どこへ行っても酒飲んで歌って踊る。 何よりも 「エスペラント」。 音楽が鳴ってる現場は、 日ごろの考えとかイデオロギーが全部無効化する。 そこに人間がおるんやと。 甲子園球場のライトスタンドと同じ (笑)。 いろんなやつがおってええんやと思える瞬間を作れる。 そういうことをやれてるのは自分の誇りですね。


▼ソウル・フラワー・ユニオン ニューマキシシングル 「海へゆく」  6月18日発売。 全7曲入。 1680円。 発売=BM tunes
▼ソウル・フラワー・ユニオン 「海へ行きたい!ツアー」 大阪公演 6月20日 (金) 午後7時、 心斎橋クラブクアトロ。 4700円 (当日500円増、 1ドリンク付き)。 06・6882・1224GREENS。

 なかがわ・たかし 西宮市出身。 ソウル・フラワー・ユニオンのリーダーで、 ヴォーカル、 ギター、 大半の楽曲の作詞作曲を担当。 大阪府内在住。
【ソウル・フラワー・ユニオン】 80年代パンクを代表する、 ニューエスト・モデルとメスカリン・ドライブが融合し、 1993年に誕生したロック・バンド。 東ティモール、 パレスチナ難民キャンプでのライブ、 阪神大震災被災地での出前慰問ライブなど国内外で活躍。  http://www.breast.co.jp/soulflower/

投稿者 jcposaka : 2008年05月24日

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