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編集長のわくわくインタビュー前進座幹事長嵐圭史さん 《12面》

2006年12月30日

京都南座の正月公演が30年に
皆様の支えと創立理念があればこそ

 昨年創立75周年を迎えた前進座。恒例の京都・南座でのお正月公演は今年で30年になります。前進座幹事長として、中村梅之助さんと共に劇団を率いる嵐圭史さんに、初春公演で主役を務める「五重塔」のエピソード、二月、大阪で上演する「さぶ」や劇団への思いなど聞きました。(聞き手は佐藤圭子編集長)

---南座でのお正月公演、30年になるそうですね。

 1月3日から1カ月間、毎年3万人前後の方々にお越しいただいてます。気の遠くなるような大変なことですが、30年間、それを支えて下さっているのが京都の町衆であり、大阪からもたくさんおいでいただいてるんですよ。本当にありがたいことですね。

---今年は、梅雀さんが初役を務められる「魚屋宗五郎」と、圭史さん主演の「五重塔」、どちらも劇団の財産演目ですね。「五重塔」は昔、中国公演で大変苦い体験をされたとか。

嵐圭史さん 忘れもしない1966年のことです。この年、中国でいわゆる文化大革命が始まったんですが、ちょうどその時期に前進座第2次訪中公演があり、「五重塔」をもって行ったんです。

文革路線を押し付けられて…

 この作品のテーマは、技術と技術の葛藤、その中での情、立場を越えた人間の心の触れあいです。仲間から「のっそり」と呼ばれている渡り大工・十兵衛に、自分の請け負う仕事を持って行かれた親方の・川越源太の怒りはおさまらない。でも、源太自身が持っている技術の高さが、結局十兵衛の技術を認めて受け入れていくんですね。技術と情を通して職人というものの魂をうたい上げた幸田露伴の名作です。

 ところが公開舞台稽古(実質的な初日)を観に来た中国の要人に、芝居を作り直すように求められた。川越の源太はブルジョアジーの代表、のっそり十兵衛はプロレタリアートの代表。しかるに両者が手を取り合うことはあり得ない。絶対的な階級矛盾だという、実に単純で荒っぽいその文革路線を他国の芸術団体に押し付け干渉してきたわけです。

 それを団長(河原崎長十郎)が受け入れてしまうんですね。その後彼は毛沢東路線に走り劇団を除名されますが、せっかく協力して五重の塔を建てたのに、親方の源太を働く者の敵だということで、身ぐるみ剥いで放り出し仏像もぶち壊すという、とんでもないお粗末なプロパガンダ劇になっちゃった。私は劇団に入ってまだ数年で、大工の一人として出演していたんですが、幕が閉まってから、泣きましたよ、むなしくてせつなくて。「五重塔」をめぐるいわば秘話ですが、それだけにきちっとしたものを作りたいという思いでいっぱいです。

--前進座が誕生した1931年というのは歴史的にも重大な年ですよね。

 前進座は歌舞伎の因習制、封建制、門閥制を打破して、歌舞伎の批判的継承と新たな演劇の創造、同時に、当時ではとても考えられない民主的運営を明確に掲げて生まれた劇団です。

 大正の終わり、1925年に治安維持法ができて、1931年9月には中国「満州」の柳条湖で関東軍による大謀略事件が起こりますね。絶対主義的天皇制の下での侵略と軍国主義化が決定的になっていった時期です。前進座はこの年の5月22日に、「広範な民衆の進歩的要求に適合する演劇の創造に努力することをもって目的とする」という創立理念で誕生しました。治安維持法制定後わずか6年ですから、まことに驚くべきことで、実は社会史的にも大きな意味が含まれているような気がしてなりません。このような社会状況の中で、こうした規約をもつ劇団が生まれた事実の重さをあらためて感じます。

 いまもその都度の課題に苦しみつつ、厳しい生活状況の中で劇団員が仲間を信じ、寄り添いながらこの仕事を続けられているのは、支えて下さっているお客さんの存在と、先輩たちが劇団を立ち上げた時の誓い、創立理念があったればこそだと思います。

---前進座が歌舞伎の定番とともに、現代的な課題に切り込んだ作品を意欲的に上演されていることにも創立理念は生きていますね。

 現代社会へのメッセージという点では、たとえば三浦綾子さんの「銃口」はまさに憲法9条に踏み込んだものだし、06年秋に大阪でも上演した山本周五郎の「赤ひげ」は現代の医療や福祉や教育のあり方、行政のあり方を告発するものになっています。

 「赤ひげ」では、主人公の新出去定(赤ひげ)が、「奉行所に呼ばれてまた言われた」と言って怒る場面があるんです。「費用の削減と通い治療の停止をだ。なおその上に身内に少しでも稼ぐ者があれば、入所している病人からも食費を取れとのお達しだ」と。6年前に私が初役で赤ひげ先生に臨んだときには、分かる人がクスクスと笑う程度だったのが、いまは観客席がどっと沸きます。それだけ状況が深刻化しているんですね。作品の舞台になっている江戸時代、周五郎さんが48年前に書かれた昭和の時代、いま上演している平成の時代、それぞれの時代が見事に一つに溶け合い、上演意義の非常に濃い芝居になっています。

---圭史さんはこれまでも劇団内外の作品で、鑑真、平知盛、日蓮、蓮如、冨永仲基、高野長英、南方熊楠など歴史上の大人物の役をたくさんなさっていますよね。7月には親鸞もやられるとか。

出会いが人生を豊かにしてくれる

 私の人生は、日常レベルで言えばまったくの俗人です(笑い)。絵に描いたような俗人。でもこの演劇の世界に身を置くことによって、役との出会い、戯曲との出会い、作家や共演者との出会い、そして様々な立場のお客様との出会いが人生を豊かにしてくれる。人生というのは出会いだとつくづく感じています。

---お正月公演が終われば、2月には「さぶ」の大阪公演でまた来られるんですね。

 「さぶ」は前進座ならではのいい芝居で、肩を寄せ合って生きていく若者の本当に心温まる青春ドラマ。山本周五郎作品にかけては彼を置いて他にない十島英明の演出で、さぶは嵐広也、栄二は益城宏が演じますが、若い世代にもぜひ見ていただきたい。

 大阪はとても懐かしい所。まだ私が20代の頃、大阪営業所の一営業マンとして西宮に下宿しながら、満員電車にもまれて毎朝9時に出勤。よそ者じゃなかなか読めない放出(はなてん)とか杭全(くまた)とか大阪中歩きましたね。裏六甲の奥の方まで足を運んだこともありましたが、その当時お世話になった方々の顔は忘れませんよ。

---今後の抱負は。

次世代が育っていく基盤を作りたい

 これまでの歴史がそうであったように、これからもいろんな困難があると思いますが、座を支えて下さる全国のお客様に依拠しながら劇団理念をしっかりと身につけ、次の世代がさらに育っていく基盤を80周年に向けて作っていきたい。そして芸術的にも花をさらに大きく咲かせていくという大仕事が残っています。私もこの劇団に身を置いていることを誇りに活動を続けたいと思います。

◆    ◆    ◆

●南座での創立75周年記念前進座初春特別公演については6面参照。

●創立75周年記念前進座2月特別公演2月16日(金)〜25日(日)国立文楽劇場(日本橋)。山本周五郎原作「さぶ」(田島栄脚色十島英明演出)。

問い合わせ先=06・6631・3273大阪営業所。
※「大阪府日本共産党後援会新春観劇のつどい」(1月3日午後4時、南座)もあり。料金は後援会特別割引。問い合わせは、06・6768・8103後援会。

嵐圭史(あらし・けいし)五代目嵐芳三郎の次男として東京に生まれる。1959年、俳優座演劇研究所附属俳優養成所を卒業し、同年、前進座入座。「子午線の祀り」(山本安英の会)の平知盛役で紀伊國屋演劇賞、「怒る富士」の伊奈半衛門で文化庁芸術祭賞を受賞。7年の歳月を費やし、「平家物語」全12巻(新潮社刊)の朗読も成し遂げる。主な役は「鳴神」の鳴神上人、「寺子屋」の松王丸、「心中天網島」治兵衛、「四谷怪談」の伊右衛門、「髪結新三」の弥太五郎源七、「たいこどんどん」の清之助。

投稿者 jcposaka : 2006年12月30日

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