政策・提言・声明

2016年05月08日

自公政権の「補完勢力」=「おおさか維新」とのたたかい

中村正男(党大阪府委員会政策委員会責任者)

 四月一〇日に開かれた日本共産党第五回中央委員会総会で、志位和夫委員長は参院選の最大の争点である「戦争法廃止か、改憲か」にかかわって、こうのべました。
 「野党共闘の勝利、日本共産党の躍進で、自民党、公明党とその補完勢力──『おおさか維新』に厳しい審判を下し、安倍改憲の野望を打ち砕こうではありませんか」
 「おおさか維新の会」の根拠地である大阪で、参院選比例代表では大門みきしさんをはじめ八議席以上、八五〇万以上の得票に責任をもち、大阪選挙区・わたなべ結候補の勝利をなしとげる。いつ総選挙があろうが、「野党共闘の勝利、日本共産党の躍進」をかちとる──大阪の党に課せられる政治責任はきわめて大きいものがあります。

1、「自民、公明・補完勢力」対「五野党・市民・国民」のたたかい

(1)「補完勢力」を少数に追い込む──五野党合意のなかで

 二月一九日に結ばれた「五野党党首合意」は、「安保法制の廃止」「安倍内閣打倒」とともに、第三項目でこううたいました。
 「国政選挙で現与党およびその補完勢力を少数に追い込む」
 この「補完勢力」が「おおさか維新」であることは共通認識です。「生活の党」の小沢一郎代表も『世界』の志位委員長との対談でこうのべました。
 「(ダブル選挙になって)安倍政権が大勝すれば、参議院も三分の二をとる可能性があります。大阪(大阪維新の会)も一緒ですから。そうしたら、改憲だけでなく、何をやるか、もうわからない。ですから、どうしても私は、この選挙で野党共闘を実現して、自民党を減らさなければならない」
 ふりかえると、橋下徹氏らが二〇一〇年に地域政党として結成した「大阪維新の会」を率いて、最初に「国政進出」したのは二〇一二年総選挙でした。石原慎太郎氏らと手を組み「日本維新の会」をつくり、自民でも民主でもない「第三極」との幻想をふりまき五四議席を占めたのでした。
 それがいまや安倍政権「補完勢力」の姿をさらけだしているのは二つの背景があります。
 一つは、「維新」みずからのふるまいです。彼らは二〇一四年総選挙を前に石原氏と別れ、「結の党」の江田憲司氏らとくっつき、「維新の党」として四一議席を得ます。しかし、その後また分裂しました。
 この経過のなかで鮮明になったのは、安倍政権にたいする橋下氏、松井一郎氏らの立ち位置です。とくに大阪市の「住民投票」を目前にした昨年初頭、安倍首相が「憲法改定」のためには「維新の会」が頼りだと語ると、橋下氏は「憲法改正はすごいこと。なんでも協力する」「住民投票は(改憲の)国民投票の予行練習だ」とまでのべました。一時、「維新の党」で橋下氏と共同代表をつとめた江田氏は、こう証言します。
 「ときの政権と協力しなきゃダメ、全て実現できない、だから安倍官邸と手を結ぶ(と橋下氏らが主張した)。だから維新の党は分裂したんです!」(「産経」三月二九日付)
 いま一つは、大阪の「反維新」のたたかい、全国の「戦争法案反対」のたたかいで彼らが追いつめられたことです。
 おそらく橋下氏らの思惑は“維新の党・丸ごと安倍政権与党化”にあったでしょう。しかし、大阪では、昨年五月の大阪市「住民投票」で「大阪都ノー」がつきつけられ、橋下氏は「政界引退」を表明しました。全国では「戦争法案」廃案へ、空前の市民的たたかいがおこり、「維新の党」の松野頼久代表は五野党協議の場に何度も臨み、「戦争法案」に反対し、「内閣不信任案」に賛成しました。
 このなかで橋下氏らが率いる「大阪組」は、「住民投票」で使った五億円を「維新の党」の政党助成金でまかなおうと、大阪にある党本部で貯金通帳と判子を奪うなど見苦しい分裂劇を演じたあげく、一四人で「おおさか維新の会」へのコースをたどったのです。

(2)「おおさか維新」の党大会──「補完勢力」ぶりをみずからさらけだす

 三月二六日、「おおさか維新」は党大会を開きました。ここで彼らが果たしている三つの役割が明瞭になりました。
 第一は、「改憲与党」ぶりです。
 党大会では「憲法改正原案」がうちだされました。①高等教育までの教育無償化、②「道州制」などの「統治機構改革」、③「憲法裁判所」を憲法に明記するというものです。
 「教育無償化」が本気なら、憲法を変えずとも法律をつくり、予算をつければいいもので、裏を返せば、「改憲するまで無償化しない」となるものです。「道州制」は地方自治破壊の総仕上げとして狙うもの。「憲法裁判所」となると、いまの憲法は戦前の「軍法会議」などを念頭に、「特別裁判所は、これを設置することができない」としています。違憲立法審査権は、第八一条で最高裁判所がもつことが明記されています。最高裁判官の任命が政府によって歪められ、その機能が果たせていない現状をただすことこそ大きな課題です。
 あれこれ持ち出すものの、ともかく世論を「改憲」土俵に動員する狙いがみえみえです。
 安倍首相は今年に入ってからも、「自公だけでなく、改憲を考えている責任感の強い人たちと三分の二を構成していきたい」と再三発言しています。
 改憲案、公約づくりを担う「おおさか維新」の「戦略本部会議」には、橋下前代表も参加しています。橋下氏は、三月二一日に広島で講演し、「今度の参院選がワン・チャンス(唯一の機会)だと思っている。泣いても笑っても、ここを逃せば、一〇年、二〇年と憲法改正の機会は遠のく」と語っています。
 第二は、「安倍政権補完」ぶりです。
 これまで沖縄辺野古新基地建設、TPPなど、安倍政権の主要政策を支持する態度を表明してきた「おおさか維新」ですが、党大会では「責任改革野党」なる立場をうちだしました。
 「責任改革野党」とは何か。松井一郎代表は党大会後のぶら下がり会見で、こうのべました。
 「要はなんでも反対の、そういう反対の勢力ではなくて、当面はやはり今は自民党が過半数を持っているわけですから、その自民党のやりすぎをね、止められる、そして自民党のやらないことをやらせられる、そういう勢力になりたい」
 その直後の三月二九日にとびだしたのが松井氏による「核武装論議必要」論──日本の核兵器保有の是非について「何も持たないのか、抑止力として持つのか、という議論をしなければならないのではないか」という発言でした。自民党政権の「反対勢力」にならず、「自民党のやらないことをやらせる」としてめざす方向とは、これでしょうか。
 党大会後の会見では、ある記者から、「与党過半数割れを目指すのと改憲勢力三分の二を取るのは矛盾すると思うが、どちらが優先か?」と質問がでました。松井氏の答えは「民主の中から改憲派がでてくる」というもので、どんな状況になろうが「安倍改憲与党」ぶりを発揮しようという姿勢は鮮明です。
 第三は、「野党共闘分断勢力」ぶりです。
 参院選の対決構図について、党大会では「日本の政治は、おおさか維新の会と自公勢力と共産党・民進党の勢力になる」などと訴えました。
 しかし、鮮明なのは「民進、共産」への敵視です。二月二四日の記者会見で、松井氏は大阪選挙区に複数候補を擁立する理由を問われ、こう答えました。
 「それ(複数立候補)は一番、共産党と民主党に大阪での議席を与えたくないんでね。
 全く考えが違うからね。まずは、共産党が議席をとるというのは日本の国のためにならないと思っていますので。
 民主党がとっても何もものごと決めることになりませんから。モノを決めることできないんでね。
 であれば我々が苦しくても民主党と共産党と、残り二議席を争うね。苦しくてもそれは日本のためにやるべきかと思っている」
 この面でも自公「補完政党」の面目躍如というところでしょう。
 「おおさか維新」は国会質問でも、攻撃の矛先をもっぱら野党に向け、わが党の学費問題でのプラスターへの難癖や民進党への「あほ」呼ばわりなどを展開。国会議員としての品性の欠如をさらけだしながら、野党攻撃、共闘分断の先兵の役割を果たしています。

(3)安倍政権と「おおさか維新」を追い詰め、大阪の前途をひらく

 「おおさか維新」は国政上の思惑は破たんに追い込まれ、大阪市の「住民投票」でも手痛い打撃を受けながらも、昨秋の知事・大阪市長ダブル選挙に勝利し、失った勢いをまたも取り戻したかのように見えます。しかし、その「勢い」は、安倍政権による助け舟と公明党のとりこみによるところが大きいものです。
 参院選での野党共闘の勝利と日本共産党躍進によって安倍政権打倒に追い込むなら、「おおさか維新」にとって最大の政治的後ろ盾をなくすことになります。そして比例代表選挙でも、大阪選挙区でも、わが党が自民、公明、維新に競り勝つ大奮闘をやりとげるなら、大阪の政治的力関係を激変させることになるでしょう。
 「おおさか維新」の全国進出を絶対に許さないためにも、これをやりぬかなければなりません。

2、「維新」は大阪で何をしてきたのか

 「おおさか維新」は「大阪での維新改革」を国政に広げるといいます。しかし、橋下氏が弄した詭弁・多弁のもとで、実際に大阪でやってきたことは何か。これから何をやろうとしているのか。その真実を見抜くことが大事です。

(1)「統治機構改革」(大阪都)の「政争」にあけくれて

 その第一は、「統治機構改革」(大阪都)をめぐる「政争」にあけくれたことです。
 橋下知事(当時)による「大阪都」構想の提唱は二〇一〇年一月。「府と市を統合すれば『大大阪』がよみがえる」「『二重行政』を解消すれば財政が浮く」「身近な『特別区』で住民サービスは向上する」などがうたい文句でした。
 しかし、その後の経過は混乱と対立の連続でした。
 ──「大阪都」の設計図は見せないままに「改革幻想」を広げた彼らは二〇一一年春のいっせい地方選挙と秋の知事・大阪市長ダブル選挙を制します。
 ──二〇一二年には「国会で『大阪都法』をつくらなければ、国政進出する」と民主・自民・公明などを脅かし、「大都市法」(大都市地域における特別区の設置に関する法律)を成立させます。
 ──「大阪都」構想の先取りとして「府市統合本部」が設置され、府・市の「施設統合・廃止・民営化」とくらし破壊が次々にすすめられます。
 ──橋下氏らは総選挙で公明党が立つ大阪の「自公協力区」には「維新」が候補を立てないことを引き換えに公明党をとりこみ、二〇一三年から大阪府市「法定協議会」を設置し、「大阪都」の設計図(協定書)づくりを始めます。
 ──しかし、法定協の論議は二〇一四年一月に破たんします。すると、橋下氏は「市長辞任・出直し市長選挙」の挙にでます。これは「独り相撲」になりましたが、「勝利」すると、「法定協議会」委員をさしかえてもいい民意を得たと強弁。野党委員をすべて「維新」委員にさしかえ、「協定書」を「議決」します。
 ──当時「維新」は造反者がでて過半数割れしており、府・大阪市議会とも「協定書」は否決されます。ところが今度は安倍政権の力を借りて公明党の態度をひっくり返し、「住民投票」にこぎつけました。
 こうして実施された二〇一五年五月の「大阪市住民投票」は文字通り「維新」VS「オール大阪」の一大決戦になりました。私たちは、「大阪都」構想とは①「大阪市」をつぶす、②くらしをこわす、③「一人の指揮官」でやりたい放題できる体制をつくるものだと、わかりやすく本質をつきました。
 橋下氏と「維新」は政党助成金五億円以上をつぎこんで、テレビコマーシャル、連日の一般紙折り込み、一〇〇万本の録音音声による電話など空前の「金権選挙」をくりひろげました。
 しかし、橋下氏が語れば語るほど「大阪都構想はよくわからない」との声が増えました。彼はとうとう「大阪都になったからといってすぐにくらし、経済がよくなるわけではない」といいだし、チラシでは「住民投票は大阪都のラスト・チャンス」などとあおりたてました。
 結果は七〇万五五八五票対六九万四八四四。大激戦でしたが、市民は「大阪都ノー」をつきつけ、橋下氏は「政界引退」を表明しました。
 ところが昨秋のダブル選前に、またもや彼らは手の平を返し、「大阪都」への「再挑戦」をうたいました。橋下氏は、「ラスト・チャンス」は「最後のチャンス」という意味ではないなどとペテンを弄し、彼らが「究極の民主主義」といったはずの「住民投票」結果を踏みつけ、まだ「政争」を続ける構えです。

(2)「維新政治」のもとで大阪のくらしと景気はどうなったか

 第二は、大阪府民・市民のくらしと景気を深刻化させたことです。
 橋下氏が知事になって八年、「大阪維新の会」結成から六年たちますが、大阪のくらしと景気の実態はどうでしょう。
 ──賃金低下は、大都市部でどこより深刻です。二〇一〇─二〇一四年度では、東京都は名目一〇〇・二、実質九六・四、愛知県は名目一〇一・八、実質九八・七などに対し、大阪府は名目九八・三、実質は九五・八と低下しています。
 ──消費税八%増税によって府民の家計消費が大きく低下しています。大阪市はここ三年連続マイナス。二〇一五年では全国平均月二八万七三七四円にたいし、二六万一八七円。買い物する力が奪われ、「商都大阪」が疲弊しています。
 ──「子どもの貧困」(子どものいる世帯の貧困)は一九九二年のワースト一一位から、二〇一二年には二一・八%(全国平均一三・八%)となり、沖縄についでワースト二位になっています(山形大学戸室健作准教授の調査)。
 松井代表は、「おおさか維新」党大会後の記者会見で、「地価があがった。大阪は六年で変わった」といいのけました。リアルな現実から目を背けたままです。
 「アベノミクス不況」「消費税増税不況」が大阪に襲いかかるもとで、「維新府政」「維新市政」がどんな政策をとってきたのかが問われます。
 彼らは府政では「私学無償化」、大阪市政では「中学校給食」などの「実績」をあげ、その「一点突破」で、「改革」ぶりを宣伝します。
 しかし、その全体像はどうか。府政では、橋下・松井両知事の八年間に、学校警備員補助の廃止、特別養護老人ホーム建設補助の削減、高齢者住宅改造補助の廃止、国民健康保険への補助金削減、千里と大阪赤十字病院の救命救急センターの単独補助廃止、障がい者福祉作業所などへの補助削減など、くらしをめぐる施策・予算が総額一五五一億円も切り捨てられました。
 大阪市政では、橋下市長の四年間で、住吉市民病院つぶし、敬老パス有料化、民間社会福祉施設職員給与改善補助金の廃止、赤バスの廃止と市バス路線の削減、国民健康保険料連続値上げ、市立幼稚園・保育所の民営化、新婚世帯への家賃補助の廃止、保育料の軽減措置の改悪など、高齢者から現役世代にいたるまで大事な予算が総額七〇九億円もカットされました。
 安倍政権の暴走・失政に追い打ちをかけ、府民のふところをいっそう冷え込ませた責任は重大です。

(3)教育・自治の破壊につきすすんで

 第三は、教育への政治介入と破壊、府・市職員支配と人権じゅうりんの数々です。
 二〇一一年ダブル選挙で勝利した彼らが、まずおこなったのは「大阪府市統合本部」を舞台に「教育基本条例」「職員基本条例」をつくりあげ、両議会でとおしたことでした。「教育基本条例」は「知事・市長が教育目標を決める」という立場にたったもの(その後「教育委員会と協議して基本計画案を作成」と修正)であり、「職員基本条例」は「職員は市民に命令する立場」「職員は市長の顔色を見て仕事せよ」(橋下氏)とする特異な立場を条例化したものです。職員には「相対評価」を持ち込み、その評価いかんでは「分限処分」がありうることを明記しています。
 両条例案がでた時、私たちはこれらを「維新独裁」の道具立てだと批判しましたが、それは杞憂に終わりませんでした。
 教育の分野では、橋下氏肝いりの府立高校「公募校長」が卒業式で、教職員が「君が代」を本当に声を出してうたっているかどうかの「口パク・チェック」をする、おぞましい光景があらわれました(この校長がのちに府の教育長を務めた中原徹氏でした。彼は教育委員会でのハラスメント問題で辞職を余儀なくされました)。
 子どもたちは「国際競争を担う人材」づくりへ、「学力テスト」結果の「学校別公表」によって競争づけにされ、府立高校は募集人員が連続して不足すると廃校が強行されています。府立高校入試は猫の目のようにくるくる変わり、「一五の春」の不安だけを増大させています。
 橋下氏は、市長としてICT化や「塾代補助」など「子ども・次世代予算を六倍にした」とうそぶきました。しかし、それは彼の思い付きプランだけをとりだしたもので、教育予算総額は増えていません。
 逆に深刻なのは、教職員への給与カットとしめつけによって、大阪への応募が激減し、現場の教員が不足し、一時的に担任がつかないなど、「教育に穴があいた」といわれる事態もつくっています。
 大阪市職員に対しては、「アンケート」という名の「思想調査」が実施されました。「政治家の演説を聞きに行ったことがあるか」「誰に誘われたか」などを、橋下市長名の「業務命令」として答えさせるもので、「正確に答えないと処分がある」と脅しをかけました。
 明瞭な憲法違反、言論・思想の自由と人権蹂躙の攻撃に対して、大阪市労組をはじめとする職員が敢然とたちあがり、この問題は府労委、中労委、大阪地裁から断罪され、ことしにはいって大阪高裁も断罪。ついに大阪市は上告を断念し、勝利が確定しました。四年越しに不屈のたたかいをすすめた労働者と市民の良識の歴史的勝利です。
 橋下氏は去りましたが、二条例は残っており、この分野での激しいたたかいがいまも続きます。

(4)特異な手法で「幻想」をあおる

 「おおさか維新」が大阪でやってきた特異な手法にもふれなければなりません。
[ウソとペテンを平然と持ち込む]
 橋下氏は、「二万%ない」といいながら、二〇〇八年知事選に出馬したのを皮切りに、大阪市の「住民投票」で「大阪都のラスト・チャンス」と言い放つなど、最後まで平然とウソとペテンを政治に持ち込んで恥じませんでした。
 二〇一一年のダブル選挙で、彼らは「大阪市廃止・分割」をこととする「大阪都」構想をかかげたのに、「法定ビラ」では「騙されないで下さい! 大阪維新の会は大阪市をバラバラにはしません」と大見出しをつけました。また大阪市営地下鉄・バスを無料で活用できる「敬老パス」は「維持します」「私鉄でも利用できるようにします」と書きながら、市長に就任すると「維持」どころか、「有料化」を強行しました。
[分断と対立をあおる]
 「敵」をつくっては、口汚くののしり、みずからを正当化する手法も常態化しました。
 公務員バッシングに始まって、学者、コメンテーター、野党議員、メディア。橋下氏を批判する者はすべて「既得権益者」とされ、市民によってたたきつぶすべき対象にされました。そして“敬老パス無料化なんて大阪市だけ。それが現役世代への投資をジャマしている〟などと市民に分断をもちこみ、対立をあおり続けました。
[「選挙」「民意」を「独裁」の道具に]
 「民主主義」を装いながら、「選挙」や「民意」を「独裁」の道具にする詭弁も多用されました。
 二〇一一年ダブル選挙直後から、橋下氏は「われわれが民意を得た。民意に従うのが民主主義」とうそぶき、“勝てば白紙委任も同然”といわんばかりの態度をとりました。それが議会の抵抗にあうと、「多数者に従うのが民主主義」「これこそ“決定できる民主主義”だ」「僕のやることに反対なら選挙で落とせばいい」と叫び、批判をすべて切り捨てました(府議会で造反が生まれ、過半数割れした時から、「決定できる民主主義」はいわなくなりました)。
[「身を切る改革」のペテン]
 「おおさか維新」は口をひらけば「身を切る改革」といいます。しかし、国民の税金である政党助成金にどっぷりつかっているのは彼らです。また松井知事は「退職金をゼロにした」といいますが、その分は給与に上乗せされ、総額では逆に増えています。この間、竹山修身堺市長が告発した堺の女性市議など、「おおさか維新」議員による「政務調査費」の不正使用も続出しています。
[メディア攻撃とツイッターを武器に]
 都合が悪くなるとメディアを徹底攻撃して批判をかわそうとするのも常とう手段です。
 「慰安婦暴言」問題では二〇一三年五月、「慰安婦制度は必要なのは誰だってわかる」と言い放った橋下氏にごうごうたる非難がでると、「あれはマスコミの大誤報」と言う。教職員への「君が代」強制問題などで記者が批判的質問をすると逆切れして、その場で記者をつるしあげる。「住民投票」で旗色が悪くなると、「大阪都を報道しない〇〇新聞は明日から購読をやめて」と街頭から叫ぶ──これらに屈し、彼の発言を垂れ流しつづけたメディアの側にも自己検証が求められます。
 彼が発言を広げるうえで最大限利用しているのがツイッターです。テレビ・新聞がつくりだす「橋下人気」のもとで、彼のフォロワーは一四〇万人を数えます。好きな時に好きなだけ一方通行で発信し、そのまま人の口にのぼせようと、これを強力な武器としてきました。

(5)松井府政、吉村市政とのたたかい

 昨秋のダブル選挙で松井知事が再選され、吉村洋文・新大阪市長が誕生しました。これまでと多少目先を変えながらも、「橋下政治」はそのままひきつがれ、強行されようとしています。
 第一に、「住民投票」で否決された「大阪都」構想をそのまま押し通すことはできず、今度は「副首都構想」を叫びだし、このなかで「大阪都」を議論するといい、府市で「副首都推進本部」「副首都推進局」を設置しました。しかし、堺屋太一氏、猪瀬直樹氏らをメンバーにした「推進本部」初会合ででたアイデアは「一〇万人の盆踊り大会」など驚き、あきれるものでした。
 彼らは公明党を引き込むために、この「副首都推進本部」のなかで、公明党がだした「総合区」案についても議論を交わすとしています。しかし、かたや「大阪市廃止」の「大阪都」構想と、「大阪市存続」のもとでの「総合区」の両論を論議するなどペテンはみえみえです。
 彼らの狙いは「副首都」の名でカジノ、リニアの大阪同時着工、無駄開発と多国籍企業を呼び込もうというものであり、これにくみするわけにはいきません。
 第二に、くらし・教育をめぐっては、吉村市長が「五歳児無償化」などをうちだし、橋下氏流に「一点突破」で耳目をひきつけながら、国民健康保険料の引き上げ、待機児解消に逆行する公立保育所の廃止など、さらに容赦ない姿勢をとっています。
 第三に、大阪府立大学と大阪市立大学、府の環境科学研究所と市の公衆衛生研究所などの「統合」、大阪市バス「民営化」の「基本方針」の議決など、何の根拠もない「二重行政」解消の名による施策・施設つぶしがすすめられています。「住吉市民病院」廃止問題では、地域住民、地元医師会がこぞって反対しているにもかかわらず、安倍政権・厚労省の力を借りて、「廃止」同意書をとりつけ、ゴリ押ししています。
 五月議会、秋の議会に向けては彼らにとって「本丸」というべき地下鉄「民営化」の強行も予想され、府民・市民共同をさらに強め、彼らの狙いを許さないたたかいが求められています。

3、安倍内閣打倒、野党共闘の勝利・日本共産党の躍進を大阪から

 大阪の日本共産党と民主的諸団体は、安倍暴走政治とのたたかいをすすめながら、「おおさか維新」の民主主義と地方自治破壊の暴走に対しても一歩もひかず、正面から挑んできました。
 そのなかで「反維新」の歴史的な共同を確立し、堺市長選挙や大阪市の「住民投票」では橋下氏と「維新」を打ち破り、勝利しました。昨秋のダブル選挙で敗れたとはいえ、この共同の輪は、「戦争法廃止」への市民的なたたかいのうねりとあいまって、新たな広がりを見せています。
 この力をいよいよ目前の参議院選挙、きたるべき総選挙にいかんなく発揮して、自民・公明にも、「おおさか維新」にも打ち勝つ決意です。

(1)3・18大演説会を跳躍台に

 三月一八日、日本共産党大阪府委員会が大阪市立中央体育館に志位和夫委員長を迎えて開いた演説会は、一万人がつどいました。メーンの志位委員長の演説、わたなべ結大阪選挙区候補の訴えのほか、ゲストスピーチに小林節・慶応大学名誉教授、平松邦夫・第一八代大阪市長。来賓に日本商工政治連盟大阪地区代表世話人の小池俊二氏、社民党府連代表の服部良一氏、元衆議院議員の辻恵氏、「民意の声」代表の浅野秀弥氏、落語家の笑福亭竹林師匠など、いずれも日本共産党の演説会に初めておいでのみなさんがそろいました。
 「大阪の地下が大きく動いているように感じました」「社民党の代表が来られたのを知って、野党共闘の姿を見た思いでした」「一九歳から共産党に入党してたたかった人生。党活動を続けてよかったと思える力強い演説会でした」「八月一五日に子どもが産まれる予定です。産まれてくる子どもに希望をもって生きてゆける日本をプレゼントしたいです!! がんばれ!! 共産党!!」
 寄せられた感想が語る通り、「野党共闘」への新たな舞台になり、日本共産党勝利への大きな決起の場になりました。

(2)「野党共闘」「府民共闘」をきりひらく

 勝利をきりひらくうえで、五野党合意にもとづく野党共闘、府民的共闘をきずくことは決定的です。大阪府委員会は、定数四の参院大阪選挙区では民進党とも競い合って勝利をかちとり、自民・公明・おおさか維新を少数に追い詰めるために総力をあげます。同時に、総選挙の小選挙区においては、すでに四月一三日に第一次公認候補を発表し、独自候補の擁立をすみやかにすすめつつ、ここでの野党共闘を実らせるために力をつくします。
 大阪で「反維新」の共同をすすめてきたことは全国的にも注目されました。
 全国革新懇三五周年記録集の座談会で、全国革新懇の乾友行事務室長は、「沖縄の経験、大阪の経験がなければ、今回の『戦争法阻止の国民連合政権』の提唱もなかったと言えると思います。また、大阪の経験が沖縄を励ました関係もあります。全国革新懇が沖縄連帯行動(二〇一五年二月)に行った際、沖縄の共産党県議は、大阪・堺の市長選挙(一三年)で、『維新政治』に反対して『オール堺』ができたことが沖縄県知事選挙でも本当に参考になったと語っていました」とのべています。
 そして、ダブル選挙の敗北を受けて、この「反維新」の共同を日常的にさらに強めようという流れが生まれ、加えてそのなかから「反安倍政権」「憲法擁護」の共同へと発展させようという流れが生まれていることは注目されます。「住民投票」で生まれた「民意の声」の浅野秀弥代表は「右派」を自認する方ですが「『維新』を助けた安倍政権は許せない」との思いを強めつつ、四月にあらたに各界の有力人士を集め、「民意の会」を再発足させています。平松邦夫・第一八代大阪市長も「反安倍政権」「何としても憲法を守らなければ」と結成された「関西市民連合」と一体の活動をすすめています。さらに共同した各界のみなさんの日本共産党を見る目が変わり、いま何でも話しあえる関係がきずかれています。
 「反維新」のたたかいと共同の歴史的体験をふまえて、新たな共闘をきりひらくために総力をあげます。

(3)政治は変えられる。大阪のゆきづまりを打開する展望を広げて

 大阪では自民党政権と長年の「オール与党」政治がゆきづまりを深刻にしてきました。それを「おおさか維新」が「右からの改革」で反動的に打開しようと企て、一定の「幻想」を広げています。このもとで、私たちが「こうすれば政治は変えられる」「ゆきづまりは打開できる」と、真に民主的な転換策を提起することは特別に大事になっています。
 大阪府委員会とわたなべ結参院大阪選挙区候補はことしにはいり、「わたなべ結の大阪若者提言」(一月八日)、「大阪女性提言」、「子どもの貧困を解決する緊急提言」(四月八日)、「『消費税一〇%増税の中止』を求める政府への要望書」(四月一八日)をだしました。ここで留意したのは、深刻な「貧困」の実態をうきぼりにすることにとどめず、すでにさまざまに展開されている若者や女性分野のとりくみに光をあて、具体的な緊急策、抜本策を提起し、ここにこそ解決の展望と力があり、ともに政治を変えようとよびかけることでした。
 「おおさか維新」が大阪のくらしと経済にかかわって、落ち込みの元凶を「二重行政」=大阪府庁と大阪市役所があるのが問題としているのは嗤うべきものであり、根本要因をそらす議論です。
 大阪のくらしと経済立て直しのカナメは内需の拡大──庶民のふところをあたため、購買力を高めてGDPの六割を占める家計消費を増やすことです。

[消費税一〇%は中止する]

 九七年の消費税八%大増税が「商都大阪」を直撃し、くらしも景気も冷え込ませました。
 大阪府委員会は四月四・五日に民間調査機関と提携してインターネットによる府内一〇〇〇人調査を実施しました。年収を聞くと半数以上が「三〇〇万円以下」とこたえ、「消費税一〇%を実施すべきか」との問いに、イエスは一五・六%にすぎず、八割以上が「延期」(三六・九%)「中止」(一八・五%)「五%への引き下げ」(二九%)を求めています。八%増税によるくらしへの深刻な影響もリアルで、「ただでさえ消費が滞っているのに、これ以上あげると前より余計冷え込む」(三一歳女性)、「税率を上げても税収が減るから意味がない」(四四歳男性)などの声が書き込まれています。
 最悪の庶民課税、消費税一〇%増税はきっぱり中止すべきです。

[大幅賃上げと人間らしい働き方を]

 消費税増税とともに、正規から非正規へのおきかえ、実質賃金の低下が、家計消費の低下の大きな要因であり、その打開が急務です。
 私たちとは立場が異なるりそな総研大阪本社主席研究員も「賃上げ」こそ需要拡大の決めてだとのべています。
 「内需主導の経済成長が成り立つための条件をとことん突き詰めれば、『所得(賃金)の継続的な増加』に行きあたる」「需要の増加に必要なのは、ほかでもない賃金の上昇である」「家計も、ない袖は振れないため、そもそも賃金が増えていなければ、需要は増やせない。つまり、『需要が増えるためには、賃金の増加が必要』で」ある(荒木秀之『関西から巻き返す日本経済』)。

[中小企業切り捨てから支援へ]

 大阪経済の「主役」、大阪の中小企業は、消費税増税分を六割の企業が「転嫁できない」とこたえ、「商品の値段が上げられないので仕入単価ばかり上がり、利益も少なくなっている。消費税は引き下げ、または廃止してほしい」「税金支払いのために働いている感じ」などの声をあげています。この点でも消費税一〇%増税をきっぱり中止するとともに、中小企業予算を抜本的に増やし、従業員の最低賃金引き上げのために社会保険料負担を国が支援するなど、中小企業発展へのカジを切り替えることが必要です。

 五中総が提起した、格差をただし、経済に民主主義を確立する「三つの改革」──①税金の集め方を変える、②税金の使い方を変える、③働き方を変える──を大阪でつらぬくことで、どれほどの展望が生まれるかを生き生きと示し、「政治は変えられる」「くらしも変えられる」ことを大いに語り広げたいと思います。

(4)大阪の党の真価を発揮する

 なぜ日本共産党の躍進か、その三つの値打ち──①安倍暴走・「維新」暴走と正面からたたかい、転換の展望示す党、②共同を何よりも大切にし、共同の力で政治を変える党、③安倍政権に代わる責任ある政権構想・「国民連合政府」を提唱する党──を、大阪でも語り広げ、その真価を全面的に発揮して勝利に挑みます。
 大阪の日本共産党が堺市長選挙、「住民投票」、ダブル選挙などで、他の点での違いを横に置き、「反維新」の一点で、自民・民主などとも「共同」する態度をつらぬいたことについて、「王道をいくもの」(小池俊二氏)などと党内外から反響と評価が寄せられました。
 「五野党党首合意」にたいしても、ある市の自民党元支部幹事長は、「これで安倍政権も大の字で寝れなくなった」と語り、泉州のある元市長からは「今回の合意には共産党が果たした役割が大きい」と声が寄せられています。
 「反維新」の共同をつうじて広がった日本共産党への信頼と共感をつうじて、わたなべ結・参院大阪選挙区候補への期待も広がり、元市長や元府議、弁護士会、「ママの会」、JA大阪幹部など新たな層からエールが贈られています。

 日本共産党の第一の躍進の時代、一九七〇年代は「七〇年代の遅くない時期に民主連合政府を」のスローガンに燃え、大阪では社共共闘で、さらにそれが壊されるもとでも、府民型統一戦線をきずき黒田革新府政を二期八年打ち立てました。
 いま新たな躍進の条件がかつてなく広がるもと、「大阪が変われば日本が変わる」のスローガンを高く、参院選ときたるべき総選挙で必ず自民、公明、「おおさか維新」を少数に追い込み、「国民連合政府」への大きな一歩を踏み出します。

(なかむら・まさお)

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